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【新卒の方に読んでほしい】言葉遣いは相手への配慮であり、その人の言語能力とは別物

この記事は、会社に入社したばかりの新人さんや、少し若い人向けの記事になる。

新しく社会人になった方で、先輩から言葉遣いについて指摘されて、ウザったい思いをしている人もいるんじゃないだろうか。

少なくとも私は社会人になったばかりの時はそうだった。

私は学生時代、小説家を目指していた事もあって、新卒から語彙力にはそれなりに自信があった。転職の際に受けたSPIの言語能力試験では、半分の時間で満点を取れた。言語に対する感性はそれなりにあるものと自負している。だからこそ、言葉遣いについて先輩に指摘された時は、カンに触る事が多かった。ぶっちゃけ先輩の方が言葉を間違って使っていることが多かったから。

しかししばらく社会人をやっていて、そういう事ではないんだと感じるようになった。

この記事の結論としては、「言葉遣いは相手への配慮であり、その人の言語能力とは別物」というものだ。

 

目次

 

後輩の言葉遣いが気になった話

そもそも、この記事を書こうと思ったのは、昔、後輩の言葉遣いが気になったからだ。私のいた職場に高学歴のハイスペックな新入社員がきた。凄く真面目で、仕事をしっかりやる子だった。物覚えも良いし、論理的に話ができる。高学歴は伊達じゃない。怠惰な私などはすぐに仕事で追い抜かれてしまうのだろう。しかし、たまに感じるのが言葉に無駄な装飾が多い気がする。語彙力が豊富で理解が早い故なのだろう。「要するに」とか「つまり」とかいう言葉も多い。だからといって「要するな」「つまるな」と止めてしまうのは、先輩風を吹かせているようで気が引ける。私の話が分かりにくいといわれているようで釈然としないが、多分本人に悪気がないのは分かるから、それについては特に指摘もしなかった。

ある時、そんな彼が私に「老婆心ながら」という言葉を使った。う~ん、これはさすがに良くないよな、と思い、「老婆心は熟練した人が若い人に使う言葉だよ。僭越ながら、とか差し出がましいようですが、とかに言いかえるかそもそも言わない方が良い」と老婆心ながら指摘した。彼は素直な男なので私の指摘を受け入れてくれた。ただ、「これは盲点でした」と言った。単に「知らなかった」ではなく「盲点」という表現にするところに彼のプライドの高さを伺い知る事ができた。いや、これも単なる誤用であり特に意図してないのかもしれないが。

 

で、このエピソードを以て、何を言いたいのか。日本の教育レベルについて論ずるつもりは勿論ない。正しく使えていなくとも、「老婆心」という言葉を知っているだけで、彼の言語能力は一般人の中でも高い方だと思う。ただ、言葉を多く知っているとか、語彙力が豊富であるとか、そんな事は「言葉遣い」とは関係ないという事だ。

言語能力は技術、言葉遣いは相手への配慮

例えば貴方が小学校の先生から頼まれて、小学生相手に何か講演することになった時、自分の語彙力をフルに使って小難しい演説をするだろうか。できる限り相手の理解できそうな内容を簡単な言葉で分かりやすく説明するのではないだろうか。それは小学生が少しでも理解できるようにという状況に応じた配慮である。見た目から明らかに違う小学生相手ならほとんどの人はそれができる。

しかし、大人ばかりが集まる仕事の現場となると、突然それが難しくなる。仕事の現場にいるのはみんな立派な大人である。しかし、それぞれに生まれ育った環境や志向が異なるため、言語能力に大きな差がある。自分の言語能力を当たり前と思って仕事をしていると、非常に仕事がやりにくく、また周囲も困る事が多々ある。

だから、ビジネスでは無駄な装飾語は好まれない。ゴチャゴチャと長い文章を書くより、簡潔に要点だけを箇条書きしただけの文章が好まれるのだ。それは言語能力の問題というより、組織として多様なバックグラウンドを持つ人々がともに効率的に働くための合理的な帰結なのだ。そこに個人の言語能力は関係ない。

言語能力の高い人が社内の言葉遣いで困るのは当然

散々言葉遣いを先輩から注意されている人は、自分の言語能力に不安を覚えるかもしれないが、これは別に恥じることではない。こういった問題はむしろ、言語能力の高い人特有の悩みだ。言葉とは環境に応じて変化するものであり、時と場合によっては意味が大きく変わってしまう事もある。知識がありすぎるほど、新しい環境に移った時に混乱してしまう可能性が高いのだ*1

 

だから周囲から散々喧しく言われたとしても、それは現在の環境下特有の現象であり、貴方の根本的言語能力に問題があるわけではない。むしろ、周囲から指摘されることが多いという事は、貴方の言語能力が周囲よりも高いことの証明に他ならない。それを理解した上で、いちいちその違和感に抵抗せず、その職場での言葉遣いを「社内ルール」の一つのように考えて早々に覚えてしまうことだ。

まとめ

結論に戻るのだが、結局言葉遣いという奴は、組織内のコミュニケーションを円滑にするために、相手の立場であるとか組織の慣習であるとか、そういったものに配慮しろ、というだけの話で、貴方の能力には一切関係ない。だから、それまでの常識とか自身の語彙力とかに拘りを持つのはやめて、真綿が水を吸うように吸収してしまった方が良いと思う。変なものを吸い取ったと後で感じたら、後で綿ごとポイしてしまえばよいだけの話なのだ。

マンガでわかる業務効率化~ミニ~

f:id:umimizukonoha:20200412012302p:plain言葉遣いとか、細かいことに拘ること自体無駄なんじゃないか?

f:id:umimizukonoha:20200401230204j:plainそれが一概にそうとも言えんのです。

f:id:umimizukonoha:20200412012302p:plainなんでだよ。

f:id:umimizukonoha:20200401230204j:plain規模の小さい会社であれば、社員は顔見知りなどという事も多いですが、組織規模が大きくなればなるほど、顔は全く知らないがメールだけでやり取りをする人が増えます。そうなると、もはや言葉はその人をあらわす唯一の手段なのです。とすれば、言葉の使い方が不適切だと、双方が無駄に感情的になってしまい、円滑な組織運営が難しくなります。

f:id:umimizukonoha:20200412012302p:plainうちの在宅ワークシステムなら感情とかも示してある程度防げるけどな。

f:id:umimizukonoha:20200401230204j:plain勿論新たな技術を導入する事で、その足りない部分を埋める努力も必要です。そもそもコミュニケーション自体を減らす事も大切です。

www.freelance-no-excelyasan.com

しかし、組織のリソースには限りがありますから、理想を追いつつも個々人による暫定対応が不可欠なのです。それが言葉遣いを正すという行為なのです。

 

*1:ちなみに私の経験としては製造業に入った時KY(危険予知の意味。安全防災でどんなところに危険が隠れているのかを見つけ出すこと)に違和感を覚えた。今はあまり聞かないがKYは当時「空気読まない人」の略称であった。若者の造語作りが昔問題になったが、造語作りをしたがる人がいるのは、大人の世界も似たようなものである。