結論
財務それなり。利益率は良いが裏付けとなる体質に疑問。政治色が強すぎて読めない部分が多い。
目次
前書き
今回の分析対象である日本たばこ産業(JT)は少々特殊で、日本国内で一社しかないたばこ製造会社です。一社独占できている理由として「たばこ事業法」という法律があるようです。
たばこビジネスを考える上で、背景的な事は知っておきたいため、今回は予備知識のまとめから入ります。
近代日本の「たばこ事業法」へ至るまでの経緯が以下
煙草への課税は1876年(明治9年)1月に煙草従価印紙税法が施行され、印紙の貼付という方法で煙草税が課せられたことに始まる。日清戦争後に財政収入を増やすために、煙草税則が改められ、1898年(明治31年)1月葉煙草専売法が実施され、葉タバコの専売を開始した。その後、日露戦争の戦費調達のために1904年(明治37年)に収納から製造販売および葉煙草ならびに製品の輸入移入に至るまでことごとく専売の対象を広げた。タバコ専売の開始以来、大蔵省(専売局)が直接経営していたが1949年(昭和24年)6月からは日本専売公社が引き継いだ。
その後、1984年(昭和59年)8月に「専売改革関連法」が成立し、あらたに「たばこ事業法」が制定される一方、「たばこ専売法」および「製造たばこ定価法」が廃止された。
そして、1985年(昭和60年)4月に日本専売公社を廃止して日本たばこ産業株式会社が発足し、ついにタバコの専売制度は廃止された。
この法律は、たばこ専売制度の廃止に伴い、製造たばこに係る租税が財政収入において占める地位等にかんがみ、製造たばこの原料用としての国内産の葉たばこの生産及び買入れ並びに製造たばこの製造及び販売の事業等に関し所要の調整を行うことにより、我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もつて財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする。
Wikipedia(タバコ)
日本ではタバコの栽培は自由化されたものの、葉たばこを原料とした「製造たばこ」の製造はたばこ事業法8条により日本たばこ産業(JT)以外には禁止されている。原料用国内産葉たばこの生産に際しては同法3条の定めによって葉たばこを全てJTに売り渡す予定の耕作者とJTがあらかじめ契約をし、契約農家にはJTから種子が無償で配付される。また、たばこ事業法は原料として使用できないものを除き、農家が売り渡す葉たばこ全量の購入をJTに義務づけている。
つまり、専売法の廃止により、海外で製造したタバコについては売ることができるようになったけれど、タバコの製造自体は日本たばこ産業が独占しているようです。
財務省のホームページに詳しくJT(日本たばこ産業)の経緯がありました。
分析において重要だと思うポイントだけ抜粋してみます。
日本たばこ産業株式会社の民営化の進め方に関する中間報告 : 財務省
①専売公社の解体及び、JTの設立は効率的経営をしてタバコの値段を下げるため
②昭和60年の専売制度改革により、外国たばこの輸入・販売が自由化された
③平成10年頃から、JTは、国内たばこ事業経営から得た豊富な自己資金を活用して、食品や医薬品分野を中心に企業買収等により、積極的に事業の多角化を推進している
④重要な経営政策に対して一定の公的関与を確保するために必要な政府の株式保有比率の最低限度として、新株発行による株式の増加数を含めた発行済株式総数の3分の1以上を設定し、新株発行による政府の株式保有比率の低下に対する歯止め措置とする
3分の1以上を常に財務省が持っている状態なんですね。。一応確認。
確かに「財務大臣」という役職が1/3以上の株を持っていらっしゃいます。
何となくJTの立ち位置が見えてきた気がします。
元々日本では「専売公社」がたばこを独占生産、独占販売していたけれど、競争が全くないために腐敗し、たばこの値段が他国と比べて非常に高かった。これを競争原理で効率化するため、民営化すると共に、外国たばこの輸入・販売を自由化した。
ただ、生産まで開放して、新規参入が次々入ってくるとJTが生き残れずに潰れたら大株主たる財務省としても困るため、生産だけは独占させている。
穿った見方かもしれませんが、この「困る」というのは「天下り先が無くなるのが困る」という意味も含まれる気がします。
実際、取締役会長は大蔵省(現財務省)出身ですし、監査役にも一人いらっしゃいます。天下りは名前の出る役職だけとは限りませんから、他にもいるのではないかと。財務省出身者の人脈や能力がたばこビジネスに役立つとは思えないので(役立ったらそれはそれで癒着的な意味でマズい気が・・・)、露骨な天下り感があります。会社からすれば嫌だと思うんですが、財務大臣が大株主である以上、会社としては拒めないのかもしれません。
当ブログでは、血縁や上位組織(政府、親会社)からの天下りが強制される組織は、体質を割り引いて考えます。仮にどれだけ天下りする人が有能であったとしても、それを見る社員は必ず不公平感を抱き、組織のモチベーションが下がるからです。まして、常に天下りする人間が有能とは限らないならなおさらです。
高収益だからといって、それを裏付けるのが組織体質ではなく、既得権益であるなら、いずれ滅びるのは必定です。日本たばこ産業は前提としてかなり厳しい見方をする必要があると思います。
前置きが長くなりましたが、そういった点を踏まえて分析に進みます。
事業概要
まずは日本たばこ産業の事業についてです。
理念について
理念について第一に述べる姿勢は嫌いではないのですが、肝心の内容は私はイマイチだと思います。4Sモデルのくだりは、どこの会社でも通用しそうな当たり障りのない内容です。続く方針も内容がフワフワしていて、会社としての具体的な意思決定に役に立ちそうにありません。どんな意思決定をしても受容できてしまう気がします。
社員がこれを聞いても、自身の行動に落とし込む事は難しいのではないでしょうか。
事業について
日本たばこ産業は名前通り、たばこがメインの事業の会社です。ただ、前置きで調べた通り、平成10年度から多角化に舵を切っており、主に医薬品事業と加工食品事業に力を入れているようです。
セグメント別
セグメント別を見てみます。
国内たばこ:6,114.9億円(28.2%、利益率28.0%)
海外たばこ:1兆3108.8億円(60.4%、利益率20.9%⇒のれんを除けば25.0%)
医薬:885.2億円(4.0%、利益率13.2%⇒医薬品に係るライセンス譲渡益除く)
加工食品:1,585.9億円(7.3%、利益率0.25%)
医薬の利益率は比較的善戦していますが売上の割合が低く、加工食品は売上が多いけれど利益率が低く、いずれも足を引っ張っている感じが強いです。多角化経営といっても、ほぼタバコによって経営が成り立っています。
多角化について
多角化経営は1990年代に世界的に流行しましたが、そのほとんどが失敗に終わったと聞きます。普通に考えてみればいくらお金があっても、その業界に熱い情熱を持って起業した会社が凌ぎを削っている中に、門外漢の会社が普通に入っても勝ち目はないですよね。。
ビジョナリーカンパニー2という書籍では、現在世界一のたばこ会社であるフィリップモリスと、現在はブリティッシュ・アメリカン・タバコの傘下になっているR.J.レイノルズとを比較し、その2社の違いは前者はタバコという嗜好品を熱烈に肯定して集中し、後者はタバコを売った金で多角化に走った点であると指摘しています。
歴史的にも学問的にも、多角化を肯定する事例を私はあまり知りません。
(ウォーレン・バフェットで有名なバークシャー・ハザウェイはコングロマリットとして相当成功している例ではありますが、本業はあくまで保険業です。保険業のフロート資金投資の過程で、経営権をそのままに買収しているだけなので、多角化とは一線を画すと私は考えます)
価値観について
私自身はたばこを吸いませんが、たばこビジネス自体は悪いものではないと思います。禁酒法の時代には酒は違法の飲み物でしたが、今は普通に飲まれています。大麻は日本では違法ですが、海外では合法の所があります。事程左様に時代と場所によって、法や価値観とは変わっていくものです。
今でこそ世間からバッシングを受けているたばこ産業ですが、要は吸う人がマナーを守るか、或いはタールなど他の人にとって有害なものを除いた形の煙草が確立されれば、愛煙家にとってたばこ会社は人生を豊かにする嗜好品を売る素晴らしい企業になります。
これは私の勝手な意見ではありますが、日本たばこ産業は世間の見方に迎合して耳障りの良い半端な多角化事業に参入するのではなく、国内唯一のたばこ会社としての矜持を持ち、逆風に晒されてもなおたばこ産業に集中投資して、世間の価値観を180度変えるようなたばこ製品を開発してほしい、と思います。
電子タバコとかがそうなんですかね?
私は水しか出ないならどこで吸おうが気にしませんが、嫌煙家の方はそれすら嫌なのでしょうか。。
業績推移
利益率の推移は25.1%⇒27.0%⇒25.2%⇒24.0%⇒21.4%
この売上規模でこの利益率はさすが、という感じです。
多角化を推進しなければさらに良い利益率になると期待できます。
経営方針
ごちゃごちゃ書いていて分かりにくいですが・・・営業利益の成長率と一株あたり配当金のようです。
付加価値率や体質ベースでの評価ではないです。
あまり良い指標とは言えないと思います。
キャッシュフロー
キャッシュフローや手元資金の増減はあまり安定していない印象です。
特に4年前が営業キャッシュフローを超える投資をしているので見てみると、アメリカのたばこ販売会社を買収しています。
前年のキャッシュフローと合わせれば無理のないレベルの買収ですし、買った会社も利益率の高いたばこ事業ですから、投資先選択としては悪くはないですが、かなり積極的に買収している印象です。
お金が有り余って買収をしたくてたまらない会社はM&A仲介業者の良いカモにされる危険があります。この買収においては、買収した金額の半分くらいが架空である「のれん」。本当の意味で超過収益力があればよいですが、高値でつかまされてないか心配です。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現預金は3,571.6億円です。絶対額としてはデカいですが、資産全体に対しては6.4%と割合は低いです。
一方でハイリスクな「のれん」が2兆26.0億円もあります。
さらには減価しやすい営業債権、棚卸資産、固定資産の合計は2兆3,797.7億円あります。
負債、純資産の様子次第ではかなり危険領域かもしれません。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債は9,745.0億円あります。
純資産も結構ありますが、のれん爆弾が爆発する可能性や、リスク性資産が減価する可能性を考えたら盤石とは言えません。
とはいえ、もともとのたばこ事業の収益性が高い事を含めて考えれば、直近で危なくなるような事態は考えられません。よほどのことが無い限り安泰でしょう。
まとめ
財務状態は直近で危ない状況ではありませんし、利益体質もやはりたばこ事業は強いです。しかし、その裏付けとなるのが政治の力による保護でしかないなら、いずれ法改正などがあった時大きく衰退するリスクがあります。
勿論財務省がそう簡単に利権を離すとは思えないので、当分はたばこビジネスの優位性は保たれる可能性が高いですが、政治は何が起こるか分かりません。
そもそも、ビジネスは苦境を乗り越えることで体質を強くする性質があるため、苦境を手助けする立場の政治に関わると、大抵弱体化します。法的に政治と関わらざるを得ない日本たばこ産業は、力学的に体質を強化するのが困難な気がします。
そういった観点からも少々怖い気がします。
本記事は有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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