結論
BIS規制を遵守する以上、銀行ビジネスの儲かる体質は健在と推測。足元のコロナショックによる債権の焦げ付きをどこまで抑えられるかが焦点か。
目次
前置き
三菱UFJフィナンシャル・グループは三菱UFJ銀行の親会社です。元々分析リストには無かったのですが、読者様のご要望があったため分析します。
ただ、正直銀行業は通常の事業会社と違って、法的な規制も多く、見たことない勘定科目が多いです。
銀行の財務諸表の特徴で聞いたことある例だと「預金」が負債だそうです。。確かに考えてみれば「預金」は銀行が私たちからほぼゼロ金利でお金を借りているわけですから、負債なんですけど・・・もう、そこからカオスですね。。
まあ、あまり気負わず自分に分かる範囲で読み解いていこうかな、と思います。
事前の予習(銀行業を取り巻くルール)
銀行法(日本の法律)
銀行法は、広義では、銀行に関する全ての法律を指しますが、狭義では、普通銀行の設立・形態・業務・監督等について定める法である「1981年公布の銀行法」を指します。また、狭義の銀行法は、1927年制定の旧法を全面改正し、1981年に新たに制定されたもので、その後、1992年に大幅に改正され、銀行の子会社による証券業務への参入などが認められました。
現在、銀行法では、銀行とは、内閣総理大臣の免許を受けて銀行業を営む者とされており、「預金又は定期積金の受入れと資金の貸付け又は手形の割引とを併せ行うこと」、「為替取引を行うこと」のいずれかの業務を行うところと定義されています。
BIS規制(国際ルール)
銀行の健全性確保や競争の公平性の確保を目的として,BIS が定めた民間銀行の自己資本比率に関する国際的な統一規制。
銀行のリスク資産に対する自己資本の割合のことを自己資本比率といい、業務として国際的な取引を行う銀行には8%以上となることが必要とされている。
企業に対する貸し出し債権、あるいは株式や債券といった有価証券など銀行が保有するリスク資産の総額に対し、資本金や剰余金などの自己資本を一定以上にするという条件が求められている。国際決済銀行(BIS)のバーゼル銀行監督委員会は、1988年に自己資本比率の計算式を決め、この比率を8%以上にしないと事実上、国際業務ができなくなるように規制した。
銀行経営の健全性を示す自己資本比率を上げるには、増資するなどして(分子の)自己資本を上積みするか、企業向けの融資残高を圧縮するなどして(分母の)リスク資産を減らすしかない。
自己資本比率を8%にしなければならない、とありますが、三菱UFJの自己資本比率見てみたら全然8%とか無いです。。
なので、ここでいう自己資本比率は、一般的な自己資本比率(純資産/総資産)ではないのでしょう。
つらづら行間を読むに、当ブログが事業会社の分析で棚卸資産や固定資産のようなリスク資産に対してどれだけの純資産があるのかを見ている手法の金融版なのかな、と思います。
で、Wikipedia先生に確認してみると、やはりここでの自己資本比率はリスク・アセット総額に対する自己資本比率のようです。
(バーゼルⅠとは1988年に公表された最初の国際的な銀行の自己資本比率に関する合意。日本では1988年度から移行措置が適用され、1992年度末から本格適用が開始された。国際的に活動している銀行に対し、信用リスクを加味して算出された総リスク資産(いわゆるリスク・アセット総額)に占める8%の自己資本の保有を求めたもの。
・・・
バーゼルⅡでは、総リスク資産の算式において、これまでの信用リスクと市場リスクに加え、オペレーショナルリスクを加味することが定められている。
・・・
(バーゼルⅢでは)銀行に対し、2019年度末までに、総リスク資産の7%にあたる普通株式など質の高い自己資本の保有を求めるなど、バーゼルⅡよりも規制が強化されている。
・・・
金融機関が保有する各資産は信用リスクに応じて5段階に分類され、それぞれのリスク・ウエイトを0%、10%、20%、50%、100%に設定している。例として、国債は0%、抵当付の住宅ローンは50%、民間社債は100%。分類された資産額に各リスク・ウエイトを乗算し、合計するとリスク・アセット総額になる。
この基準に照らせば、国債はいくら持っていてもリスク資産にはならないので、もしここでいう自己資本比率を高めたければ民間社債とか住宅ローンとかを売って国債を買えばよいわけですかね。。
一概に住宅ローンとか民間社債といっても色々ありますが、このルールは少なくとも金融機関の行き過ぎたリスクテイクを抑制するのに、一定の効果があるのかな、と思います。
事業概要
まずは三菱UFJフィナンシャル・グループの事業についてです。
三菱UFJフィナンシャル・グループは銀行業の会社です。
事業内容はそのまま転記します。
法人・リテール事業本部
国内の個人、中堅・中小企業に対する金融、不動産及び証券代行に関するサービス
コーポレートバンキング事業本部
国内外の日系大企業に対する金融、不動産及び証券代行に関するサービス
グローバルCIB事業本部
非日系大企業に対する金融サービス
グローバルコマーシャルバンキング事業本部
海外の出資先商業銀行における個人、中堅・中小企業に対する金融サービス
受託財産事業本部
国内外の投資家、運用会社等に対する資産運用・資産管理サービス
市場事業本部
顧客に対する為替・資金・証券サービスの提供、市場取引及び流動性・資金繰り管理
その他
上記事業本部に属さない管理業務等
受託財産事業本部だけが三菱UFJ信託銀行が単独メインで、それ以外の業務は複数の会社を横断して運営しているようです。
受託財産事業本部はきっと億単位の資産を持っている方々にだけ提供されるエグゼクティブな相談サービスなのでしょうね。。相談室はサロンのようになっていてワインとか飲みながら、寿司を二段重ねにして食べながら相談するのかな(庶民から見た貴族のイメージ)・・・一度は受けてみたいものです。
「法人・リテール事業本部」と「コーポレートバンキング事業本部」、「グローバルCIB事業本部」は相手が違うだけでやっている事は同じっぽいですね。
まあ、全体的にやっている事は同じなのでしょうが、会社経営していてある程度まで言ったら「法人・リテール事業本部」から「コーポレートバンキング事業本部」に担当が変わったりするんですかね。。
「御社は条件を満たしたので今後はコーポレートバンキングが対応します」
「悪いが君はまだ条件を満たさないから私が担当だ」
レベルアップみたいでちょっと面白い。
セグメントの状況
法人・リテール事業本部(36.9%、利益率19.9%)
コーポレートバンキング事業本部(13.5%、利益率42.7%)
グローバルCIB事業本部(9.3%、利益率34.2%)
グローバルコマーシャルバンキング事業本部(19.8%、利益率28.9%)
受託財産事業本部(6.0%、利益率29.3%)
市場事業本部(14.1%、利益率59.6%)
その他(0.4%、利益率▲864.2%)⇒これは管理費用なので無視で良いです
実に良い利益率ですね。。
一般的な事業会社で利益率が高めなのは、コンサル業やIT業です。彼らが高い利益率なのは、彼らは在庫も固定資産も持たず、ほとんど維持費が不要だからです。在庫や固定資産を管理するにはそれだけでコストがかかり、会社はその資産額以上のコスト+リスクを背負い込むことになります。だからこそ現代ビジネスはできるだけ資産を持たないアセットレス経営が求められているのです。
ヴィレッジヴァンガードの創業者、菊池敬一氏は以下の著書で銀行員にこうボヤいてました。
「銀行はいいよな。あなた方はお金をお金に変えるだけだから。僕らはお金を物に変え、物をお金に変えるという面倒なことをやらなけでばならない」
まさに普通の事業と銀行との差の本質を掴んだ見事なボヤキです。
(ヴィレッジヴァンガードは経営成績的にあまり優良とは言えない会社ではありますが、この創業者が書いた本は書店創業者らしくエスプリが利いていて、読み物として面白いのでお勧めです)
つまり、元々銀行というビジネスはきちんとしたスタンスを持って経営すれば、かなり儲けやすい職種です。
投資の神様、ウォーレンバフェットは結構な頻度でウェルズ・ファーゴやバンクオブアメリカ、ソロモンブラザーズ(失敗)、ゴールドマンサックスといった金融株を買ってますが、そういったビジネス的な長所を見抜いているからではないかと私は思います。
業績推移
経常利益率の推移は26.9%⇒22.8%⇒24.1%⇒20.2%⇒16.9%
ずっと良い利益率で来ていますが、直近経常利益率が下がってます。
理由を求めてPLを見てみましたが。。
なんとなく資金調達費用やその他業務費用、貸倒引当金繰入が増えているのは分かりますが、その理由が一時的なものなのか、体質的に悪化しているのかは分かりません。
経営者の分析を見てもざっくりとした説明をしているだけで、イマイチ詳細までの解説は見つかりませんでした。
資金調達コストとかも何で増えるんでしょうね。。マイナス金利で借りれば借りるだけ儲かりそうな気がしますが。。下手したら、預金者から管理料を徴収するなんて話があるくらいですから、お金ジャブジャブだと思うんですが。。
やはり銀行業は難しいです。。
ちなみに、包括利益が上がったり下がったりしているのは、 保有している有価証券や債券の価値を利益に反映しているだけなので、大量の有価証券、債券を抱える銀行業や保険業の体質を見るのに邪魔でしかないため無視で良いと思います。
経営方針
同社は目標とする財務指標としてROE、経費率、Tier1比率を指定して、具体的な数値を指定しています。流石に銀行は企業分析のプロが集まるだけあって、業績の数値管理の重要性を理解しているのかな、という気がします。
なお、Tier1比率というのは先ほど出てきたBIS規制でいう所の自己資本比率です。
このあたりは銀行ならおそらくどこでもやっているでしょうから、あまりここで差別化はできないのかな、と思います。
キャッシュフロー
通常の流れに従って一応キャッシュフローも見ますが、ほぼフリーキャッシュフローが相当黒字です。まあでもそもそも銀行は預金者のお金が手元に全部集まるので、手元資金は78.3兆円ありますから(国家予算か)、資金繰りを気にする必要はないです。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
絶対額だけで言えばどれもこれも一兆円超えが多く、調べだしたらキリがないので、総資産額の中で割合の高い勘定だけピックアップして押さえておきます。
現金預け金は78.3兆円(23.3%)です。通常の会社にとっての現預金に相当します。
内容としては、単純な現金として自分の金庫に保管していたり、日銀(中央銀行)や他の銀行に預金していたりします。
買現先勘定が24.1兆円(7.2%)あります。これは債券を一定期間後に一定の価格で買い戻す、もしくは売り戻すことを条件として、売買する債券のことです。メリットとしては売り手は債券を売ることによって、短期の資金調達ができることであり、買い手は一定期間、債券を保有することによって、その期間に応じた利回りを得られることです。
つまり、簡単に言えばこれは「一時的に借りてきた債券」、有価証券の事です。
しかし借りてきた債券があるなら貸している債券もあるはずです。
という事で純資産負債側を見てみるとやはり売現先勘定が31.7兆円です。
売現先勘定が買現先勘定よりも多いですから、三菱UFJはむしろ債券を他社に貸している側のようです。
特定取引資産は20.3兆円(6.0%)あります。特定取引資産はデリバティブ取引や先物為替等の外国為替関連取引など、証券市場の相場や通貨の価格などの短期的な変動や市場間の格差を利用して利益を得ることを目的とした勘定です。つまりデリバティブなどで今いくら儲けているのかが分かります。特定取引資産が20.3兆円ということは期末日時点で20.3兆円儲けているわけですが、これも逆に負債側に損をしている部分も入ってきます。それが特定取引負債14.1兆円です。
つまり三菱UFJは差し引きで6.2兆円のデリバティブの含み益があると考えられます。
有価証券は65.6兆円(19.5%)あります。有価証券といっても、国債、地方債、社債、株式、その他証券と様々です。この中で一番リスクが高いのはやはり株式になるので、一応保有株式の明細を見てみると、4.2兆円くらいが株式のようです。
特定投資株式と呼ばれる特別な目的を持って保有している株の明細が以下
といった具合です。もう電卓叩くのも嫌になるのでやめます。。
有価証券のうち株式は4.2兆円で、それ以外は比較的手堅い国債、地方債などの債券なら、65.6兆円の93.6%は債券での運用と考えれば、手堅い運用をしているんじゃないかと。
銀行もBIS規制を守ろうとする限り、どんなに積極的になろうとしても限界がありますから、Tier1達成を経営方針に掲げている以上、無茶なリスクテイクなどをそこまで心配する事はないのかな、と思います。そう考えるとBIS規制は結構有効に機能していると言えるのかもしれません。
貸出金は109.1兆円(32.4%)あります。これに関しては銀行の本質といえる部分なのであって当たり前ですが、だからこそ内容を見ておく必要があります。
貸出金のうち、破綻したり延滞している債権は以下です。
全体の0.6%ほどが不良債権になっているようです。ただ、これは2020年3月末時点ですから、コロナの影響がまだ出てきていないものと考えられます。来年度あたりにどれくらいまで膨らむかは予想がつかないです。
現状ではコロナによる影響が不透明ですから、来年の結果を見てから判断した方が良いかも、と思いました。
負債の方のポイントとしては預金187.6兆円(55.7%)です。凄い額です。。銀行業はこのお金をほとんど無利子で運用できるわけですから、手堅い運用をしておけば儲かるのも当然かな、という気がします。まして現在は預金に対してマイナス金利(預金者から利子を取る)などもやろうとしているくらいですから、利益が出ないまでも、いよいよ資金調達コストが減りそうです。
純資産の額も一応見てみます。
純資産は16.9兆円 ですね。。そもそも銀行は資金繰りリスクがほぼ無いですし、資産もよほど貸付が大量に焦げ付いたりしない限り、大幅な純資産の欠損はないのかな、という印象です。
金融は経済の心臓ですから、その点はやはり厳しいチェックがされていて手堅い気がします。
まとめ
我ながらかなり苦しい分析でした。私は事業会社しか基本的に見たことが無かったので、勘定科目はいちいち調べながらやってます。もし、何か内容で解釈違いがあれば是非指摘頂きたいです。
俯瞰してみた感じでは、BIS規制のお陰で銀行業は無茶なリスクテイクができないような仕組みになっているのかな、という印象を受けました。つまり、株式投資による大きなリターンは期待できない一方で、ほとんどノーコストで調達できる預金資金を債券等に回して利ザヤを取るという手堅いビジネスの仕組みは健在なのではないかと。
最大のリスク要因を挙げるとすれば、足元のコロナによって100兆円を超える貸付金がどこまで焦げ付くのか、という所です。純資産は17兆円弱なので、(さすがに無いとは思いますが)17%ほどが焦げ付くと債務超過になるおそれがあります。
近頃はクラウドファンディングやAIといった技術革新で銀行は無くなるんじゃないか、などと言われる事が多いですが、私個人はまだ当分銀行が無くなる事はないんじゃないかな、と思ってます。どこの会社を信用するのかといった与信管理はもしかするとAIによって簡略化されるかもしれませんし、将来的にメガバンクでは大幅なリストラや店舗の閉鎖が増えるかもしれません。
しかし、大ロットの資金を企業に供給する役割というのは、AIにやらせるには極めて主観的な要素が大きすぎる気がします。銀行が定量的な企業分析作業をAIを使って削減する事はあっても、AIそのものが銀行にとって代わることはできないのではないかな、という気がします。
本記事は有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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