企業分析アナトールの株式投資

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【9201】JAL~有価証券報告書の読み方~

結論

財務苦しく、利益薄く、課題は山積。しかしそれでも信じたくなる「何か」を持つ会社

 

目次

 

前置き

この記事を書いている現在、私はコロナショックで下がった時に買ったJAL株を200株(取得価額35万円分くらい)保有しています。そもそもこんなシリーズやっているのに、自分が既に投資している会社の事を分析してないのがおかしいと気づきました。基本的に、他の企業と変わらない基準で分析する積りですが、一応前置きでそういう利害関係がある事を明示しておきます。

 

事業概要

まずはJALの事業についてです。

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JALの事業はそれほど多くを語る必要は無いと思います。航空運送事業で、国内ではANAに次ぐ規模の会社です。その他事業も一応あるのですが、内容を見てみてもほぼ航空運送事業に関係するもので、無駄のない事業内容ではないかと思います。

 

セグメントの状況

セグメント別の数値を見てみます。

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航空運送事業:1兆2,848億円(82.3%、利益率6.6%)

その他事業:2,385.5億円(17.7%、利益率5.5%)

かなり利益率が低いです。ただ、この数値は2020年3月期でコロナ影響を受けている時期です。緊急事態宣言こそまだでしょうが、影響を受ける前と比較してみたいので昨年のセグメント情報を見てみます。

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航空運送事業:1兆3,576億円(82.5%、利益率12.0%)

その他事業:2,881.9億円(17.5%、利益率4.8%)

航空運送事業の利益率が急激に落ちていますから、4Qだけでもコロナの影響が大きいのが分かりますが、その他事業の利益率はそんなに変わっていません。。大きく落ち込むのは4月以降なのだと思います。

ただ、コロナが無くとも、お世辞にも利益率は高くないです。このレベルであれば他にいくらでももっと良い企業があります。

一般に航空運送事業というのは付加価値を付けにくいビジネスと言われています。自分たちの感覚で考えればなんとなく分かると思うのですが、航空会社を選ぶときに先ず考えるのは第一に目的地行きの便があるか、第二に値段ではないでしょうか。

これは典型的な価格競争型のビジネスで、多くの消費者は値段さえ安ければ多少サービスが悪くとも我慢しよう、と考えます。そうなってくると規模が小さく固定費の少ない航空会社、いわゆる格安航空会社との価格競争となります。

そうなれば普通に考えれば規模が大きいほど不利になり、国内第二位のJALは決して有利とは言えません。

 

 

 

業績推移

経常利益率の推移は15.7%⇒12.8%⇒11.8%⇒11.1%⇒7.3% 

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直近はコロナ影響で低いですが、平均すれば10%以上をキープしていますが、個人的には20%超えないと付加価値が弱いのかな、と思います。先に言った通り、実際付加価値を上げにくい事業体質なのだと思います。

 

 

 

経営方針

目標とする指標は営業利益率10%以上、投資利益率(ROIC)9%以上です。

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ROICはあまり見ない指標ですが、計算式は以下です。

ROIC=税引後営業利益/投下資本(有利子負債+株主資本)

ROICを見るべき目的はROEと同じで、どれだけ投下資本に対して効率的に利益を上げているか、という事です。

ROEとの大きな違いは債務を借り入れて自社株買いをするいわゆるエクイティ・デッド・スワップで、ROEは上げられますが、ROICは分母の入り繰りだけなので変わりません。つまり、ROEよりさらに小手先では解決しにくい指標です。

数値は業態上の特性の問題で低くなってはいますが、付加価値率と資本効率についてきちんと考慮した目標設定がなされているように思います。

 

 

 

キャッシュフロー

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直近はコロナ影響で営業活動によるキャッシュフローが激減し、フリーキャッシュフローが赤字です。ただ、推移を見てみると、常にフリーキャッシュフローが確保できるように投資がコントロールされている事が見て取れます。
これは財務機能がしっかりと統制が利いているという意味で、体質としては良好であると推測されます。

直近の期でフリーキャッシュフローが赤字になったのは痛いですが、こればかりは事情が事情なので仕方ないと思います。

 

 

 

B/S(貸借対照表

資産の確認です。

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手元資金は3291.5億円(17.7%)と全体の比率から見ると薄いです。コロナ影響で収入が落ちていることもあるでしょうが、昨年の段階でも22.8%と決して多くはありません。

これは、航空業界が現金商売メインであるのが理由の一つだと思います。

航空チケットを消費者が購入すればそのお金がそのまま入ってくるため、あまり手元にお金をプールしておく必要がないのではないかと思います。JALが採用する経営指標のROICから考えれば、無駄に資金をプールする事はマイナスなので、自然、手元に置いておく資金が薄くなるものと思います。

手元資金が少ないのは、コロナ危機のような大きな資金不足には不利ではありますが、普段から余分な資金を引き締めているという意味では体質として好印象です。

航空機が8,279.4億円(44.5%)と資産リストのかなりの部分を航空機が占めています。航空事業なので当然といえば当然なのですが、固定資産が多いのは、コロナ危機などの際には損益的には厳しくなります。今回のような危機になり、回収できるキャッシュフローが減れば減損の対象になり、これだけの金額の航空機が減損するとなると、ただでさえ売上減で純資産が削がれているのに、さらに削られることになります。

JALはコロナに際し、大幅な赤字と減損の財務上のダブルリスクに晒されていると言えます。

投資有価証券は1,001.2億円(5.4%)あります。

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上記は市場価値のある株式のみですが、取得原価から見て相当上がっている所を見るとかなり昔から保有していると思われます。これについても価値が下落した場合、その他有価証券評価差額金という純資産の勘定から直で削られるので、株価の下落局面においては注意が必要です。(現在は日銀の奮闘で下落が押さえられてますが)

 

負債、純資産を見てみます。

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有利子負債は1,884.1億円(10.1%)と結構借りてます。ただ、JALの置かれている状況、固定資産の占める割合が半分近くである事を考慮してみれば、まだ善戦している水準ではないかと。おそらく直近さらに有利子負債が拡大するでしょうが、過去からのキャッシュフローの推移、経営指標にROICを据える辺りから経営陣の財務的理解は深いと推測されるため、無駄のない借入に抑えてくれるのではないかと期待します。

 

 

 

配当政策

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経営陣の財務的知識が深いであろうと考えられるのはこういう所にも垣間見えます。

自己株式の取得を配当と並行して考える事がまず一点。加えて株主への還元と資本とを紐づけて考え、「株主の皆様への還元を積極的に行う」という水準を株主資本総還元率3%以上と具体的に定めています。

ここから読めるのは規律ある数値管理と株主に対する誠意。

いずれも優良な企業に必要な条件です。

 

 

 

従業員給与

従業員の平均給与は中々の金額です。

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パイロットのような運航乗務員とそれ以外の給与賃金の差が凄いです。しかしパイロットの給料ってやはり凄いのですね。役員級の給与です。

労働組合が複数あるのは少し気になります。

私個人はかなり組合の活動に懐疑的です。私自身が働いている会社にも半強制的に入らなければならない組合があるのですが、組合の維持費や会社との折衝に割かれる時間・コストを社員に還元すればもっと社員の待遇が良くなるのではないか、という気がしてなりません。

 

JAL破綻の際は会社の状況を鑑みずストライキを起こした労働組合が批判を浴びていたと記憶しています。もしかすると破綻によって状況も変わっているのかもしれませんが、労働組合という存在意義自体が問われる現代ではこれだけの労働組合があることは、少々懸念事項と見るべきかもしれません。

 

 

 

まとめ

結論として、固定資産が多く手元資金が少ないJALの財務体質は、不利な状況であると言えます。利益率もそれほど高くなく、高付加価値企業とは言い難いです。ただ、方針や考え方には所々に質の高さが垣間見え、企業体質としては悪くないものだと考えられます。

経営陣の質の高さが垣間見える部分の一例(これまでの部分以外)

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こんな地獄みたいな状況で、冷静に反転の機会を狙っているというのは並みの経営陣にはできない。

 

ただ、これまでこのシリーズで私の記事を読んできた方なら、上記評価は決して高くないと分かると思います。

にも関わらず何故JALにわざわざ投資したのか、という理由なのですが、ひとえに経営陣や企業体質に対する信頼感です。

 

前にこういう記事がありました。

JALの社員が告白、ネットで叩かれた“制服でマスク作り”の真相(週刊SPA!) - Yahoo!ニュース

緊急事態宣言発令中の5月には、JALのCAがマスクを手作りして大田区の保育園に寄付したというニュースが流れた。マスク不足が叫ばれていた時期だったので賞賛の声があがる一方、ネット上では「わざわざ制服を着させているのは違和感」「なぜ女性だけなの?」という批判も多くあった。

しかし、「実はあの取り組みはJALの若手、中堅社員から出た案だったんですよ」と筆者に教えてくれたのはJALでCAとして働く6年目の佐々木遥さん(仮名・27歳)。彼女も、実際にマスク作りに携わったひとりだ。

「あの“マスク企画”は、10年目くらいの社員が『こういう時間があるときこそ、マスクを手作りして地域に貢献してはどうか』と言い出して始まったんです。JALのハンカチが大量に余っていたので、それを有効活用して地域に貢献しようという提案でした。上から無理やり何か指示されたわけではなかったので、ああいった批判は悲しかったですね」

マスク作りでは600人近い客室乗務員が作業をしたという。Twitterでネタにされた“制服でマスクを作っている場面”は報道用に撮ったものだそうだ。

JALは“奉仕”の精神が強い社員が多い

マスク企画以外にも、JALでは従業員が発案した企画がいくつか行われている。「社員発案の企画の1つは“メッセージカード”です。到着や出発するお客様の手荷物に『JALをご利用いただきましてありがとうございます。コロナが終わったらまた利用してください』という内容の手書きのメッセージカードを一人一人に付けました。ほかにはフェイスシールドを作成や、パイロットはYoutubeで航空教室を行っています。わりとみんな、何ができるかを従業員一人一人が考えて実行している気がします」

 メッセージカードの企画は、「手書きだからこそのあたたかみが伝わると利用者からの反響が大きかった」という。また、在宅勤務の時間には接客や語学、ワイン検定など、普段の仕事で役立つ知識を勉強している。

JALは“コツコツとお客様のために考えて実践していく”という社風があって、それを素直に受け止めている人が多い印象がありますね。それを上層部がサポートしてくれる形というか。この間も社長と副社長が羽田空港に来てくださって『君たちの給料と家族の生活は、会社が保証する』と直接声をかけてくださったのは、ありがたかったです」

ここから見えるのはJALの文化の質の高さです。

企業とは人であり、社内の雰囲気によってそのパフォーマンスは大きく差が出ます。こういった能動的な社員を奨励し、そのサポートに回れる役員がいるというのは、企業文化の一つの理想形であると私は考えます。

加えて有価証券報告書の中から見える経営陣の質の高さを考慮すると、こういった会社であれば、いかなる困難であっても乗り越えられるのではないか、と考え、株価が暴落に乗じて購入しました。

最初の一つかみで株価が戻ってしまったので35万円程度しか買えてませんが、下がればまた買い増すつもりでいます。

 

なお、この記事の中には比較対象として最大手のANAの企業文化を匂わせる部分があります。読んでいただければ分かると思いますが、印象が良くありません。また、ANA有価証券報告書も読みましたが、かなり定型文が多く、いかにも必要事項だけの伝達という印象で、業績分析結果もJALに比べるとあまり良いものではありませんでした。

 

航空業界は参入障壁も高いが、利益も薄く、差を作るのが難しい業界です。しかし私は逆を言えば、経営陣や企業文化の質が成否を分ける可能性が高いのではないか、と推測を立てました。

そう考えると、日本の最大手とこれだけの質の差があるのであれば、JALが今後ANAを食い、減少する航空需要の中でも大いに伸びる可能性は高く、株価が暴落するたびに買い増せば、それなりになるのでは、と思ったのです。

 

儲かる業界、利益率の高い業界に投資するのは常道ですが、今のように株価水準が高い状況ですと、どれも私が望むリターンを得るには価値に対して値段が高く、買う気がおきません。

危機的状況に陥っているとはいえ、それを打開できる可能性の高い、信頼できる経営陣によってマネジメントされた優秀な企業文化を持つ企業を購入するのは今取れる中ではそこそこマシな選択じゃないかな、と思いました。

 

本記事は有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。

 

企業分析リンク

www.freelance-no-excelyasan.com