結論
盤石の財務、安定の利益率、十分な配当性向と、安定している会社。ただしマネジメントの意思決定に疑念あり。現状のままでは将来的には厳しい気がする。
目次
前置き
分析したガンホーが今の市場環境では有望かつ割安な気がしました。ただ、ガンホーだけが体質として良いのか、それともコンテンツ業界、ゲーム業界は大体凄いのか、その辺りが分からないので、似た印象の会社をピックアップして、何社か寄り道しておこうと思いました。今回はかつて「たまごっち」や「ガンダム」で一世を風靡した、バンダイナムコホールディングスを見てみようと思います。
事業概要
まずはバンダイナムコホールディングスの事業についてです。
バンダイナムコホールディングスの事業は
「IP(Intellectual Property:キャラクター等の知的財産)を最適なタイミングで、最適な商品・サービスとして提供することでIP価値の最大化をはかるIP軸戦略を軸に、玩具・模型等の製造販売、ネットワークコンテンツの企画開発及び配信、家庭用ゲームの制作販売、業務用ゲーム機等の製造販売、アミューズメント施設の運営、映像音楽関連作品等の制作販売を主な事業とし、さらに各事業に関連する物流、企画開発及びその他のサービス等の事業」です。
長い。
IPを主軸にするという方針は分かりますが、他の部分はいるのかな、という気がします。これは単に書き方の問題、というわけではないです。事業を書きだしてみて冗長になってしまうというのは、それだけ事業が複雑化して、ポイントが絞れていないという事です。有価証券報告書はいわば経営者の頭の中そのものです。有価証券報告書がごちゃごちゃ書いてあるのに経営者の頭だけはスッキリしている事は先ずありえません。
事業内容が冗長であるという事はマネジメントは自社のどこに課題があり、何を良くすればよりグループ会社として良い方向に進めるのか、実態を掴み切れていない可能性が高いです。
バンダイナムコホールディングスのグループは子会社115社、関連会社11社で構成されているようですが、そもそも本当にこれだけの会社をグループ内に抱え込む必要があるのか。個人的にはIPを主軸とすると主張するのであれば、それ以外の仕事は自前でやる必要は無いのではないかな、という気がします。
セグメントの状況
バンダイナムコホールディングスは、「トイホビー事業」、「ネットワークエンターテインメント事業」、「リアルエンターテインメント事業」、「映像音楽プロデュース事業」及び「IPクリエイション事業」の5つを報告セグメントとしてます。
トイホビー:2,537.1億円(34.3%、利益率10.5%)
ネットワークエンターテインメント:3,280.8億円(44.3%、利益率13.4%)
リアルエンターテインメント:917.5億円(12.4%、利益率▲1.6%)
映像音楽プロデュース:469.5億円(6.3%、利益率17.1%)
IPクリエイション197.5億円(2.7%、利益率29.2%)
トイホビー事業、ネットワークエンターテインメント事業は合わせると8割を占める事業ですが、利益率という観点からするとそれほど高くはありません。
事業の付加価値率は「終着点」である販売か、「出発点」である企画が最も高くなり、その過程である製造は付加価値が付きにくいビジネスです。
トイホビー事業、ネットワークエンターテインメント事業の利益率が低いのはバンダイナムコの保有するIPを玩具やゲーム化する(製造)をメインとする事業体だからではないかと推測されます。
アミューズメント施設を運営するリアルエンターテインメント事業については赤字です。これはアミューズメントパークの衰退という時代の流れもあると思いますが、固定資産の維持管理や安全性の管理の費用、客が入ろうと入るまいと発生する償却費など、そもそも事業としての不確実性が高い、という点が大きいと思います。
アミューズメントパークの最大手、ディズニーランドなどは繁盛している印象がありますが、あれは何十年経っても客が入り続けるかなり特殊な事例です。何時間も行列に並び、1日で数えるほどの乗り物に乗れなくとも何度も通う、狂気に似た感情を抱くファン(信者)が居てこそ成立し得る奇跡のビジネスです。
そんな奇跡的な求心力を誇るディズニーランドですら、今回のコロナのように大量の客入りを維持できなくなると、固定費が多すぎて非常に苦しくなります。アミューズメントパークは、経理的観点からして最も難しいビジネスの一つです。
バンダイナムコホールディングスはトイホビー事業、ネットワークエンターテインメント事業、リアルエンターテインメント事業の3つで売上の9割以上を占めており、利益率から考えるとかなり低いですし、現状のままそれを改善するのはかなり無理があると思います。
売上が多い分、単なるリストラで切り離すのはかなり難しいとは思いますが、もし会社としての体質を良くするのであれば、少しづつでも非付加価値業務を外注に移していく必要がある気がします。「他の会社でもできる業務」を続ける限り、優れた会社になるのは困難です。
映像音楽プロデュース事業、IPクリエイション事業は利益率としては比較的高いため、これがバンダイナムコの中核であり、付加価値部分であると思います。
この部分を如何に伸ばしつつ、付加価値が低い作業を他社に移管できるかが、バンダイナムコが高付加価値企業になれるかどうかの境目ではないかと。
業績推移
経常利益率の推移は8.8%⇒10.2%⇒11.1%⇒11.9%⇒11.0%
利益率は安定してほどほど、といった感じです。
この5年で売上の伸びは結構ありますが、利益率はそれほど上がってません。付加価値率の低い事業を抱えている場合、売上が伸びても簡単には利益率が上がりません。何かよほど時流に合ったコンテンツを生み出さない限り、今の体質のままでは大きな飛躍を遂げる事は無いと思います。
経営方針
経営指標は営業利益率、ROE、それに総還元性向を重視しているようです。
さらにROEについては10%、総還元性向は50%以上と具体的な数値目標を指定しています。
指標のチョイスや数値を具体的に定めている点は非常に良いと思います。指標を定め、具体的な目標を掲げる事で、会社が一体どの地点を目指し、どこまで進んだのかが明確になります。
ただし、こうして目標が明確になっているからこそ分かってしまう事があります。それは、バンダイナムコホールディングスは現状維持と還元を手厚くする事を重視しており、より高利益率を求めてリストラクチャリングしたり、改善する可能性が低いのではないかと。
バンダイナムコホールディングスのROEは以下です。
過去5年、全て目標を超えてます。
それでもROEの目標を据え置いていたら、そもそも現状の数値への問題意識が芽生える筈がありません。つまり、バンダイナムホールディングスは現状の業績に満足しており、大きな変革に挑む可能性は薄いと考えられます。
配当への考え方や目標の定め方もしっかりしてますから、もしかすると安定志向の投資家にとっては良いかもしれませんが、将来的に大きな成長を期待する人にとっては物足りない体質という気がします。
キャッシュフロー
基本的にフリーキャッシュフローは安定していますね。
ただ、3年前に少し大物の投資があるようなので見ておきます。
有形固定資産の取得が多いです。
普通に考えるとリアルエンターテインメント事業かな、と思い、新規設備を見てみます。
ん?全社の固定資産?なんなんでしょうか。
単体決算の方の有形固定資産明細を見てみます。
東京都渋谷区宇田川町の土地を買ってます。
何だろう、本社ビルでも建てるのかな、とか思いましたが、どこにも記載が見当たらなかったので、住所とバンダイで検索したら以下のような記事が出てきました。
バンナムHD、キャラ創出に250億円 渋谷にライブ施設 :日本経済新聞
IPを使った収益を増やすためにライブ事業にも力を入れる。東京都渋谷区に面積が3500平方メートルの土地を約300億円で取得していた。ここにホール、ライブハウス、劇場などの複合施設を20年をめどに設ける。建物も含め投資額は約400億円の見込み。ゲーム対戦競技「eスポーツ」の大会なども開く計画だ。
う~ん。。ここにきてまたさらに有形固定資産(しかも土地)の購入とは・・・
「30年ほど前からの作品が今でもIPの売り上げの多くを占めている」と、「機動戦士ガンダム」や「ドラゴンボール」などに続く収益を生むキャラクターが出ていない状況に危機感を示した
一番の肝であるコンテンツに危機感がありながら、何故また新たなる危機を招きかねないライブ事業(有形固定資産が多いビジネス)に投資するのか・・・単にマネジメント層がそういう危機管理に疎いだけなのか・・・。
私が思うに、危機感があるのであれば先ずやるべきは今の体質改革だと思います。事業の選択と集中を行い、自社でやる必要のない業務はできるだけ売却ないし外注に移し、資金をIP事業に集中する。それをしないうちに新たな新規事業にチャレンジするというのは、かなり危うい判断ではないかと。優秀と言われる経営者は「何をするか」よりも「何をしないか」を明確にするものだと私は思います。
ライブ事業が上手くいけば良いですが、これが失敗すればさらなる重しとなってバンダイナムコは今後業績悪化が深刻化する可能性の方が高いと思います。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
手元資金は1,898.6億円(30.6%)と、コンテンツ事業の会社の中では、割合が低いです。受取手形、売掛金も837.5億円(13.5%)と結構多いですが、滞留期間は42日とそれほど滞留していません。質的には問題なしかと。
有形固定資産が969.1億円(15.6%)と、コンテンツ業界にしては高めの割合だと思います。在庫(原材料、仕掛品、製品)が767.9億円(12.4%)ある、という所からも、バンダイナムコのB/Sの体質はコンテンツビジネスより、製造業寄りと言えます。
これも体質としてあまり好ましくありません。現代のように人々の志向が変わりやすく、多様なエンターテインメントが提供される時代に固定費が嵩むビジネスは本来避けるべきです。よほど足元が固まり、勝算が無ければそれらの業界に積極参入すべきではないです。その危険性を経営陣がどこまで意識しているのかは分かりませんが、3年前の追加土地購入などは、経営陣が現在のB/S体質を問題視していない表れではないかと思います。
投資有価証券も565.0億円(10.5%)と結構あります。
投資の方針として利益を得ることを目的としていないそうですが、取得価額から倍くらいになってます。いつから持っているのか分かりませんが立派なものです。
内訳が株式ばかりではありますが、目的や今の含み益などを考えると、これについてはそれほど大きなリスク要因ではないと思います。(将来大幅に下落して売却したとしても、半値までならPLにはねることはない)
負債、純資産を見てみます。
無借金体質で、純資産が4,546.8億円(73.4%)、盤石です。
土地再評価差額金とか為替換算調整勘定とかちょっと珍しい勘定がマイナスになってますが、これらが大きく広がる可能性はまずないと思うので、負債・純資産に問題は無いです。
資産リスト側で若干リスクが高そうなのは、商品と有形固定資産ですが、合わせても1,737.0億円と純資産を脅かすレベルではありません。
流石は歴史の長いバンダイナムコ、といった財務状態です。
従業員の状況、役員報酬
バンダイナムコの給料はかなり良いです。
この数値はあくまで持ち株会社の給与ですから、それなりの地位の方だけではありますが、それでも中々ではないかと。
役員にしても、億越えがゴロゴロしてます。
ただ、正直ここまで見てきた体質と給与が合ってない気がします。
過去から積み上げてきた純資産はともかく、現在の財務的な課題や付加価値率、ROEの水準、性質として傑出していると言えるレベルではありません。
一方で、役員報酬の額は傑出しています。これはちょっとフェアではないと思います。
持論:役員報酬は現在の成果から導き、過去の純資産は考慮すべきでない
過去から活躍し続けた役員の方にとっては、過去から積みあがった純資産は自分が稼いだものだから、今の業績が悪くとも貰って然るべき、と思っている方もいるかもしれませんが、基本的に積みあがった純資産は株主のものだと私は思います。
何故なら上場企業の株価は積みあがった純資産+これから積みあがる利益の現在価値を前提に売買されているため、純資産込みの額を投資家は払っています。それを役員が後から召し上げるべきではありません。
常に報酬とは今の会社の業績、体質に対して支払われるべきであり、それが不平等だと思うのであれば、役員は自社の株式を自分で買うべきです。株はいつでも買う事ができるのですから、報酬に満足できないのであれば、株式を購入することで、株主と同じ方法で果実を受け取るべきではないかと思います。
株主への還元
任天堂もそうでしたが、配当の算出方法にDOEに触れているのはフェアで良いと思います。 利益の何%という率を一定に保って純資産を無駄に蓄積する会社もいる中で、過去から蓄積した純資産をある程度株主に配分しようとする姿勢は賞賛に値すると思います。
その姿勢の結果、同社の配当性向は4年連続で利益以上に配当を出す事ができている状態です。これは中々できるものではないと思います。
まとめ
私も小さい頃かなりお世話になったサンライズの親会社であるバンダイナムコを分析してみました。一見してみて盤石の財務、安定の利益率、十分な配当性向と、安定している会社であると感じます。
ただ、若干事業の選択と集中が適切にできていない感があり、肝であるIPビジネスで大きな利益が得られていないという危機感を抱えながら、規模の拡大路線を進もうとしているマネジメントの意思決定は、時代に逆行しているように感じられます。
果たして今後も今の業績を継続できるのか・・・。
本記事は有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
当ブログを応援くださる方、分析を依頼したい方は以下へどうぞ。
企業分析リンク
www.freelance-no-excelyasan.com