結論
戦略の方向性に疑問あり。アグレッシブな拡大傾向が今後も続くようであれば財務的にも不安。
目次
事業概要
まずはアステラス製薬の事業についてです。
アステラス製薬の事業は医薬品の研究開発、製造販売です。
非常にシンプルで分かりやすいですね。
ただ、これだけだといまいち何の薬なのか分からないので、研究開発を見てみます。
ざっと見ていると「がん」や「免疫」という言葉が多いので、これが現状の同社の事業領域かな、と。
しかしえらく細かく書いてますね。書いている人、もしくはOKを出したトップは絶対理系の専門家の人じゃないかと。学術論文を彷彿とさせる書き方です。。
セグメントの状況
アステラス製薬は単一セグメントですので、セグメントの状況はありません。
一方で、地域別売上を出しているためチェックしておきます。
日本:3,751.7億円(28.8%)
米国:4,480.8億円(34.4%)
その他:4,775.9億円(36.8%)
7割くらいが海外売上のグローバルカンパニーです。
業績推移
利益率の推移は19.1%⇒21.5%⇒16.8%⇒19.1%→18.9%
利益率は比較的高めで安定してます。数値で言えるのはそれくらいですね。
ただ、医薬品という分野は特許やら薬価法やら、国ごとの法律が結構な影響を及ぼすので正直良く分かりません。やはり今回も、経営陣がどういうスタンスで事業に向かっているのかをテーマに分析するほかありません。
経営方針
同社は経営計画を発表しており、その財務指標としてては以下です。
コア営業利益の「コア」という言葉は以前分析した中外製薬でもありましたが、要は定常的な事象だけの実力ベース営業利益という意味のようです。
利益率は悪くないとしても、売上収益と当期利益については2017年度を上回るのが目標という若干弱気な計画です。
同社の使命が「企業価値の持続的向上」という割には、計画ですら現状維持が目標というのは肩すかし感があります。例えば特許切れや薬価法改正などの影響で、元々が業績低迷が見込まれるため現状維持に踏みとどまるのが精いっぱい、という理屈なら分かりますが、その辺りの理由説明が見当たらないな、と。
計画の骨子は、主に投資分野というか研究開発分野について述べているだけで、イマイチ何をするのかピンときません。
以前、中外製薬を分析した時は、同じ製薬会社でもあんまりそういう違和感は感じなかったので、この戦略部分を中外製薬と比較してみます。
中外製薬の中期経営計画との対比
何が違うのかな、と思ったら中外製薬の経営計画は単に事業領域とか技術の話に留まらず、人材やコスト、持続可能性、患者さんに届けるまでのソリューションについても言及してます。
こういう点が私のような経理の人間であっても、自身のものとして受け入れやすい説明になっているのかな、と。
製薬ビジネスというのは新しい薬を作って終わりではなく、適切な価格、形式で患者さんに提供し、持続的に会社を繁栄させる事で成立します。経営計画にその全てを書け、とまでは思いませんが、開発の方針しか書いていないと開発の事しか考えて無いのかな、と投資家として不安になりますし、開発以外の社員からしても、全社一丸となって取り組むべき経営計画を自分事として腑に落とし込めないのではないかな、と。
つまりアステラス製薬の経営計画は(ここに書かれている限りでは)、ビジネス戦略としてのバランスを欠いているのではないか、と。
変革に対する認識の違い
ちょっと計画の方針を見ていると不安なので、経営者がどんな考え方をしているのかを確認してみます。
「Focus Areaアプローチ」により価値創造を促進:朝日新聞社メディアビジネス局 - 広告朝日
──新たなビジョンに向け、社内改革はどのように進めましたか。
当社の社員は国内外合わせて約1万7,000人を数えます。これだけの人数に企業の新たなビジョンを浸透させるためにはどうしたらいいか。トライ&エラーをやっている猶予はないと考え、リーダーシップ論の第一人者であるジョン・コッターが提唱する「変革のための8段階のプロセス」(①危機意識を高める→②変革推進チームをつくる→③ビジョンと戦略を生み出す→④ビジョンを周知徹底する→⑤社員の自発を促す→⑥短期的成果を実現する→⑦成果を生かしてさらなる変革を推進する→⑧変革を企業文化に定着させる)を地道に実践しました。
私的にはう~ん、という内容です。
ジョン・コッター氏の理論を私は深く理解しているわけではないですが、ここに書かれている内容を見る限り、私が参考にしているビジョナリーカンパニー②とは認識が違うんじゃないかと。
ビジョナリーカンパニー②で紹介される会社は、大きな変革を遂げた会社ばかりですが、彼らは最初から「変革」を意識したわけではなく、ビジョンに基づく選択を積み重ねていき、一時点を超えると急激に結果に結びつき、周囲が「変革」に気づくという解釈をしている気がします。
偉大さへの飛躍を遂げた企業はあきらかに、信じがたいほど意欲を引き出し、力を結集させ、変化を見事に管理してきた。しかし、その点を考えるのに、あまり時間を費やしていない。まったくの自明の理だったのだ。条件がうまく揃えば、意欲や力の結集や動機付けや改革への支持は問題ではなくなる。これらの点は自然に解決する。この点をわれわれは学んだ
~ビジョナリーカンパニー②第八章「劇的な転換はゆっくり進む」より~
つまり「変革」とは、一つの計画や施策によって意図的に起こすもの(起こせるもの)ではなく、正しいビジョンに沿った選択の淡々とした積み重ねによって、「結果的に起こるもの」ではないかと。
この「変革」に関するビジョナリーカンパニー的解釈は、人間に置き換えて見ると分かりやすいと思います。本当に変われる人間というのは、静かに淡々と努力を続けていて少しづつ変化しており、普段はあまりその変化に気づく事はありません。そしてその変化が大きな成果をあげるようになった時に初めて周囲は変わったと気づきます。しかし、本人からすればそれは特別な変化ではなく、どちらかというとずっと続けていた事に対する周囲の見る目が突然変わったのです。
人間の集合体である企業はこの変化がさらにゆっくりと起こるため、当の企業側からすると「変革?なんのこっちゃ」となる。
逆に「俺、自分探しの旅に出る」という特別な事をする人や、「私、今日から変わるんだ」と宣言する人は意外と変わらない。一時的に変わる事はあっても半年も経てば、学んだ事や、宣言したこと自体を忘れてる事が多いのではないかと。
そうした感覚からすると、企業が「変革する事」を目的とする理論や施策を採用するのは焦点がズレているのではないかな、と。変革って組織構成を変えたりする必要なんてなくて、きちんと正しいマネジメントを選出し、議論して方針を決め、あるべき意思決定を淡々とこなせば組織なんて自然と変わっていくものだと思うんですけどね。。ダイエットしたい人が突然身体の肉を手術で削いだところで、考え方や体質、生活習慣が変わらなければまた太るだけなのと同じことです。
結果はどうなるかは分かりませんが、アステラス製薬の取っている経営計画の考え方は、少なくとも私の考え方には合わないな、と。
キャッシュフロー
基本的にフリーキャッシュフローは黒字っぽいですが、直近の投資キャッシュフローが多いので見てみます。
子会社の取得をしてます。
内容は以下。
分野としては既存の事業領域である「がん免疫」分野のバイオテクノロジー企業ですから、質的に危ない買収ではないかと。
のれんの額も純資産評価額120.4億円に対して38億円ののれんであれば、それほど大きすぎる事は無い気がします。むしろバイオテクノロジー企業ならもっと高値が付くものかと思っていましたが、物わかりの良いオーナーだったのか。。
強いて言えば、資産のほとんどが無形固定資産という事なので、この資産のデューデリがどこまで精緻に行われているかが怖い所です。 実はのれんと同じくらい価値が危ういなんてこともあるので。。
お金の使い方はそれほどリスキーではない印象です。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び預金が3,183.9億円(13.7%)と割合としては少なめです。鉄鋼業などの重工業などで固定資産が多い会社なら仕方ない気がしますが、製薬会社はキャッシュリッチなイメージがあるので少々意外です。他の資産が多いため相対的に割合が減っている可能性があるので、他の資産について詳しく見ていきます。
売上債権は3,470.4億円(15.0%)で滞留日数は97日。3か月超です。意外に長いですが、許容範囲かと。
棚卸資産は1,510.2億円(6.5%)で滞留日数は199日で6か月以上。中外製薬の時もそうでしたが、やはり製薬会社は在庫が溜まらざるを得ない構造なのかもしれません。しかし、これ自体は資産全体に及ぼす影響は小さいですし、製薬会社に共通する問題であればそれほど気にする必要は無いかな、と。
問題は無形資産7,385.1億円(31.9%)です。内容について注記を見てみると以下。
つまり、研究段階の海のものとも山のものとも分からない支出をいったん仕掛研究開発として計上している事になる。在庫や有形固定資産よりもかなりリスキーな代物かと。
今回買収したXyphosという会社さんが持っていたものが相当増えていますから、事前にどこまでデューデリできるものか。。基本的にあまり質は信用しない方が良いかもです。「のれんよりは多少マシ」くらいのイメージで、いつ減損してもおかしくないと覚悟しておいた方がいいかもしれません。
のれんも2,670.4億円(11.5%)とかなり多いです。
無形固定資産で全体の43.4%を占めるってのはちと怖いです。勿論、中にはちゃんとキャッシュを生む販売権や特許権もあるのでしょうが、内訳とかは無さそうなので、何かあった時は突然これらが減損する可能性は考慮しておくべきかと。
有形固定資産は2,686.0億円(11.6%)というのは、製薬会社ですから研究所や工場を自前で持つと考えれば無難なところかと思います。一応主だった部分を見てみます。
研究センターがほとんどで、生産設備は子会社が持っているようです。
生産設備は少ないですね。。在庫の割合が少ない事からも何となく感じていましたが、製薬会社は本当に開発部門に投下する資本が莫大で、生産については規模が小さい。製造自体にはそれほど大きな施設や設備は必要ないという事かと。
つまり、素晴らしい製薬さえできれば馬鹿儲けできるでしょうが、外す可能性も高いという、非常にボラティリティが多いビジネスかと。今更ながらチャレンジングな分野です。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債は無いのかな?と思いきや、その他の金融負債というのがどうやら有利子負債を含んだ記述になるようで、以下に明細があります。
3,260億円(14.1%)とそれなりです。
資産リストを見た時に現金が全体の割合としてかなり少なかったことからも、結構投資にお金を使っていて、資金繰りはカツカツである事が推測されます。
で、投資規模が大きくて資金繰りがカツカツという話から少しピンとくるのは、このインタビュー記事。
読書は可能性と価値創造の源泉 アステラス製薬代表取締役社長CEO・安川健司さんの本棚|好書好日
「当時は、我々が得意とする疾患領域で競争優位を築くというビジネスモデルを採用していました。2005年の合併以降推進していたモデルで、このモデルのもと幾つもの画期的な製品が生まれました。しかし、次第に既存品を超えるものが生まれにくくなってもなお同じ領域に固執し、新たな挑戦が阻まれるという状況に陥っていました。イノベーションを継続的に創り出しアステラスが今後も持続的成長を遂げるには、次なるビジネスモデルへ進化させるべきと判断し、経営戦略担当役員として改革に着手しました。そして2015年に新たなビジネスモデルを発表し、入り口を狭くして特定分野を追求する従来の発想から、入口を広くして多面的な視点から創薬に取り組む『Focus Area』の考えに舵を切りました。『Focus Area』は、一つの技術の成功によって多くの成果を派生させる(これを私は『芋づる式』と呼んでいます)ことが期待できるビジネスモデルと考えています」
・・・
研究開発においては、「Focus Area」の考えのもと新たなアセットの創出に着手。中でも、再生のしくみと細胞技術を組み合わせた、細胞医療への取り組みに力を入れている。まずは眼科疾患をターゲットに研究開発が行われており、その一部は既に研究段階を経て開発段階に入っている。今後は眼科疾患以外にも展開していくという。他の疾患領域への展開にあたっては細胞を移植した際の拒絶反応の抑制が課題となるが、この課題を解決するために昨年ユニバーサルセルズ社を買収。幹細胞基盤技術を有するAIRM(アステラス製薬が米バイオベンチャー・オカタセラピューティクスInc.を買収した後、2016年に設立した子会社。再生医療や細胞医療研究の国際的な拠点)とユニバーサルセルズ社の技術を組み合わせることで細胞医療の対象を広げていくという。
要は従来の既存の事業領域の枠組みから一歩飛び出していく挑戦をしようとしているようなのですが、当然新たな分野の挑戦をしようと思うと、よほど慎重に行わない限り、簡単に資産規模が拡大します。
ちなみに以下が2015年の資産規模で1兆7,935.8億円
2020年3月が2兆3,181.6億円なので、5年前から1.29倍くらいに膨らんでます。
資産規模の拡大はすなわちリスクの増大であり、特に製薬会社のように無形資産の多い、ボラティリティの高いビジネスで拡大する事はかなりの危険を伴います。
自己資本内ならまだしも、借入してまでやるのは結構チャレンジャーだと思います。
勿論、上手くいけば問題ないのでしょうが・・・経営戦略見る限りではあまり勝算が見えている感じがしないんですよね。。
純資産は1兆2891.7億円(55.6%)です。一見して凄い規模ではあるのですが、相当する資産の中にのれんと無形固定資産の合計が1兆0,060.1億円。当てが外れた時の影響が怖いです。満額とまではいかずとも半分でも減損すれば結構な痛手になりそう。
ビジネス固有のリスク、戦略の方向性、財務状況、総合して考えると決して盤石とは言い難いのではないかと。
従業員の状況、役員報酬
従業員数がこれだけの規模なのに勤続年数が17.3年、しかも平均給与は1千万円越え。。やっぱり製薬会社は待遇が良いです。実に羨ましい・・・
一方、役員はどうかと言うと・・・
社内取締役は一人当たり4億円くらいでしょうか・・・ひええ、という感じです。
一応賞与の決め方は以下のように細かく規定されているようです。
長い・・・
報酬の金額をきちんと明示する事は公平性の観点から見て大事な事ですが、ここまで長々書かなければならないのは複雑すぎる気がします。こういうのを長々としているのって、公正に決めたいから、というより自分たちが高額報酬を貰う理由付けのために複雑なルールを作っているように私は感じます。
正直、私は戦略の方向性や深みに疑問があるので、平均4億超の報酬は貰いすぎではないかな、と。
配当政策
配当政策の補足的な部分で自己株式の取得を入れるのは良いと思います。資本効率や一株あたり純利益の観点があるのも悪くないです。
ただ、具体的に配当金額を決めた根拠が良く分からないな、と。
実際の配当性向はどうかというと。
結構バラバラです。多分これは40円とか20円とかキリの良い数値をその時々で決めているからなのかな、と。
というか・・・あれだけ自分たちの報酬については算出方法を細かく書いておきながら、 株主への還元はテキトー感を感じるのは私だけなのだろうか。。
役員報酬の説明の何分の1の分量なんだろう。。
まとめ
製薬会社は一発デカい製品を出せば気に儲かるので、結局のところ今後どうなるかは分からないです。もしかしたら奇跡的にアステラス製薬がコロナの特効薬を開発するかもしれません。
しかし正直、戦略や考え的に私の好みの方向性ではないように感じました。どうせ投資するなら方向性に共感できる会社に投資したいので、アステラス製薬は見送りかな、という印象です。
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