結論
親子逆転の実質海外企業。クレバーな優良体質が垣間見える。配当70%が目途という驚異的な方針は、ただお金を貯めるだけの貯金箱会社は切実に見習ってほしい。。
目次
事業概要
まずはトレンドマイクロの事業についてです。
トレンドマイクロの事業はコンピュータセキュリティ対策製品の開発事業と、その他の事業の2つがあります。
具体的に言うと「ウィルスバスターシリーズ」の会社です。
セキュリティソフト市場について調べてみると、トレンドマイクロ社のシェアは4.13%で10位のようです。
セキュリティソフトの世界シェア率と日本の販売ランキング【2020年】 | MobaTi.me
順位としてはあまり凄い印象は受けません。
業界で1位2位になれない企業は衰退していくしかない、というのがビジネスの通説ですから、この順位はあまり望ましくありません。
ただ、個人的にはトレンドマイクロ社についてはあまり心配いらないのではないかと思ってます。
理由は2つ。
①日本でのシェアはダントツの一位
セキュリティソフトの世界シェア率と日本の販売ランキング【2020年】 | MobaTi.me
トレンドマイクロは日本という地域に限っては高いシェアを持っているようです。
で、こういうソフトって性能が明らかに他より劣っている事が分からない限りは、知名度や信頼度がモノを言う気がします。そしてセキュリティソフトの良し悪しはよほどのマニアでない限りわからないのではないかと。
となれば地域限定であっても、大きなシェアを持っている会社は、現状維持しやすい事業環境なのかな、と。
②シェアがバラけている
ほとんどの業界は結構1位、2位、3位とかにシェアが集中しやすくて、ここまでバラけている業界は少ない気がします。これは、セキュリティソフトという商品の性質によるものではないかと。
正直セキュリティソフトはこれが絶対に良い、というものを選ぶのは困難な気がします。逆に特定のソフトに統一されてしまうと、そのソフトさえ攻略できてしまえばウイルスは拡散し放題になるわけで、シェアがバラけるのはむしろ必要な事ではないかな、と。
いかに優秀な遺伝子であっても、全人類がその遺伝子しか持っていないと、たった一つのウイルスがすぐにパンデミックとなり人類が絶滅しかねない。遺伝子の優劣よりむしろ「多様性」によって人類は生存し続ける事ができる、というのに似た話かな、と。
まあ、これはあくまで私の個人的な推測で、別に確証があるわけではないです。
実際、経営陣は事業のリスクについて、以下の4つをあげてます。
単一のセグメントに留まる事のリスク、技術の陳腐化のリスク、在庫リスク、信頼リスクなど、通常の会社と同様のリスクを抱えている事を明示しています。
この辺りは体質的な部分を見ながら、同社にそういったリスク立ち向かうだけの体質があるかどうかを見ていきたいです。
セグメントの状況
トレンドマイクロは先に書いた通り、単一セグメントですが、地域によってセグメントを分けています。
日本:719.5億円(33.9%、利益率30.2%)
北米:442.3億円(20.9%、利益率10.8%)
欧州:354.5億円(16.7%、利益率19.7%)
アジアパシフィック:556.6億円(26.2%、利益率9.3%)
中南米:49.5億円(2.3%、利益率9.3%)
日本と欧州での利益率は高いですが北米、アジアパシフィック、中南米の利益率はそれほど高く無いです。北米よりも売上が低い欧州の利益率が高い所を見ると、売上が多ければ利益率が上がるという単純な構造ではなさそうです。
ヒントになるのが以下
北米とアジア・パシフィックに有形固定資産が集中してます。
内容をさらに掘ってみます。
日本での売上が多い割に、従業員数や有形固定資産の金額はまるで海外の会社のようです。中々興味深い形なのでどういった経緯なのかも見てみます。
創業はアメリカだが、現在の本社は東京都にあるため日本企業と表記されることが多い。外国投資家の比率が30%を超えており、外国側筆頭出資者の出資比率が10%を超えていた時もあったため、外資系企業に分類されることもある。創業者は、国境を超越したトランスナショナルカンパニー(超国籍企業)であるとしている。
やっぱりほとんど外資なんですね。。
Trend Micro Incorporated-沿革
1988年(昭和63年)8月 - アメリカ・ロサンゼルスにて、台湾出身のスティーブ・チャン(張 明正)とその妻ジェニー・チャン、妻の妹エバ・チェンが「Trend Micro Incorporated」を創業。
(時期不明) - 本社を台湾の台北に移転。
1991年(平成3年)4月 - 「ウイルスバスター」開発・販売開始。
1992年(平成4年)7月 - 「株式会社リンク」を買収し子会社とする。
1996年(平成8年)11月 - 株式会社リンクから社名変更した「(旧)トレンドマイクロ株式会社」に関連会社とともに買収され、親子関係を逆転して子会社となる。
創業はアメリカですが、トレンドマイクロ社が買収した株式会社リンク=(旧)トレンドマイクロ株式会社と親子逆転が起きているのですね。。
しかし今の経営陣のメンツを見る限り、明らかにTrend Micro Incorporatedの役員が今の役員となっているので、親子逆転といってもTrend Micro Incorporatedがあくまで本流という事かと。
親子逆転エピソードで有名なのは、セブンイレブンです。
元々はアメリカのセブン-イレブンのフランチャイジーだったセブン-イレブンジャパンが、みるみる日本で成長し、1991年にはアメリカの本家であるセブン-イレブンを買収した話です。しかしこのケースでは明らかに日本側主導で話が進み、現在その末裔であるセブン&アイホールディングスの経営陣はセブン-イレブンジャパン出身者が占めています。
このケースの場合は事業自体が「小売業」という地域に密着した事業であり、いかに出発点がセブン-イレブンのフランチャイジーであるとはいえ、大きく成長したのはほとんど日本側のノウハウありきという事で、セブン-イレブンジャパン主導となったものと推測します。
一方でトレンドマイクロ社の場合、買収した旧)・トレンドマイクロ株式会社の元々の事業はOSの輸入販売のようです。
旧)・トレンドマイクロ株式会社-沿革
1989年(平成元年)10月24日 - 日本にて「ロンローパシフィック株式会社」が、OSの輸入販売のために「株式会社ロンローインターナショナルネットワークス」を設立。
1992年(平成4年)
1月 - 「株式会社ロンローインターナショナルネットワークス」から「株式会社リンク」に社名変更。
7月 - 同社の株式を「Trend Micro Incorporated(台湾)」が取得し、子会社となる。
1996年(平成8年)
5月 - 「トレンドマイクロ株式会社」に社名変更。初代代表取締役として吉田宣也就任。
11月 - 親会社「Trend Micro Incorporated(台湾)」及びその関連会社の株式を買収し親子関係を逆転する。
つまり、ここから読み取れる流れとしてはTrend Micro Incorporatedが日本の輸入代理店であった旧)・トレンドマイクロ株式会社を買収し、日本進出への足掛かりにした。日本での売上が伸びたから or 伸びそうだったため、組織上の親子逆転を起こし、本拠地を日本に移した、といったところですかね。。
トレンドマイクロ社の核となるビジネスはあくまでセキュリティソフトであり、その開発自体は有形固定資産の金額からもメインはアメリカと台湾です。
主な販売先が日本だから組織上の本社を日本に移しただけで実質は海外の企業ですね。
なんというか、その内実がほとんど外国企業にも関わらず、日本での販売が多いために?本拠地を日本にしているのはかなりクレバーな意思決定だな、と。創業者が「国境を超越したトランスナショナルカンパニー(超国籍企業)」と称したのも納得です。これはかなり合理的な経営陣の印象です。
しかしこれでセグメントのちぐはぐな利益率の理由も推測が立ちます。
北米とアジアンパシフィックは開発拠点であり、開発コストや維持費等は基本的にその2拠点に負担させており、日本や欧州は販売するだけのドル箱セグメントであると推測されます。
実に珍しいパターンの会社です。面白い。
業績推移
利益率の推移は26.6%⇒24.9%⇒23.2%⇒23.7%⇒22.9%
利益率としては十分な水準かと思います。
これらの利益をどういった考えで稼いでいるのか、見ていきます。
経営方針
経営上の指標としては営業利益額の成長という若干平凡な指標です。
しかしこれは・・・凄いですね。。
自らのビジネスの特性を理解した上で何故その指標を採用したのかをきちんと説明してます。こんな会社は珍しいです。実に合理的な内容です。
体質お化けの雰囲気が凄いです。
目標にROEの向上に言及しているため、ROEの実績を確認してみると以下。
傑出している、とまではいかないですが、まあ良い方かと思います。
しかし、このROE、15%前後をウロウロしている所を見ると、財務担当者が意図的に狙っている気がします。つまり、ROEを意識した株主還元をしているのではないかと。
配当政策を覗いてみます。
目途がおかしい。コーヒー噴くわ。
配当性向が70%って凄いですね。利益のほとんどを還元に充てている感じです。
というかむしろ利益以上に配当出している感があります。
以下は親会社株主から見た配当性向。
100%超えてます。
こういう誠実さですよ・・・日本企業に足りないのは。。
ペシッ(有価証券報告書をたたく音)
キャッシュフロー
営業キャッシュフローは安定してて、投資キャッシュフローはえらくぶれてます。
詳細を見ます。
まあ、そうじゃないかとは思ってましたが、余剰資金の運用ですね。
あと四年前に結構大きな投資もしているようなので、一応見てみます。
結局投資有価証券ですか・・・基本運用によって増減しているだけみたいですね。
事業譲受とか子会社化とかもチラホラ見えますが、運用資金で賄っているようです。
潤沢に還元される配当も含め、まさにキャッシュフローの優等生です。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び預金が1,557.4億円(41.3%)と、十分な割合です。
運用資産である有価証券、投資有価証券も924.5億円(24.5%)とBSで2番目の水準です。内訳は以下でほとんどが債券運用のようです。社債のその他は詳細が見当たらないですが多分CPかな?いずれにせよボラティリティはほとんどないのでリスクは低そうです。
売上債権は472.8億円(12.6%)で滞留日数は99日と意外に長いですが、ま~問題ないです。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債はゼロの無借金です。
ただ珍しいのは繰延収益というものがあるという事です。
要するに契約で売上が確定している部分もあるけど、役務の提供が終わらないと収益計上できない部分を繰延収益として計上してます、という事ですね。
これは先にお金が入ってきて後から売上が立つ形なので、キャッシュフロー的には有難い無利子無担保の負債です。同社の潤沢なキャッシュにはこういう部分も影響しているものと思われます。
純資産は1,893.6億円(50.3%)と割合としては若干少なめですが、これは繰延収益が圧迫しているだけでまったく問題ありません。
従業員の状況、役員報酬
やはりというか、921.8万円は良い給与を出しているな、という印象です。
勤続年数が短いというのもちょっと気になりますが、同社はほとんど外国企業で、日本より転職の多い筈ですし、会社自体の歴史もそれほど古くないので妥当なレベルかな、と。
一方、役員はどうかと言うと・・・
取締役の一人当たり平均は83.6百万円です。同社の体質を考えれば少ないくらいの印象です。
個別に見てみるとやはり億越えはいます。
役員の中で最も株数を保有している会長のチャンミンジャン氏が億越えの報酬を受け取っていない所を見ると、報酬の配分はフェアに行われているようです。
実に合理的体質ですね。
大株主の状況
チャンミンジャン氏が大株主として名を連ねてますが、3.85%と意思決定を左右するレベルではありません。主要な株主を集めても51%程度ですから、特定の株主によって意思決定を左右されるリスクはないと思います。
まとめ
スタートから面白い会社だと思っていましたが、体質もなかなか興味深いものでした。投資先として検討したいな、と思って株価を見てみましたが、やはり高いですね。。
【トレンドマイクロ】[4704]株価/株式 日経会社情報DIGITAL | 日経電子版
体質的に有望であるとは思いましたが、益回りが4%に満たないというのは、如何にこれから成長すると見込んでも、私には不満足な利回りです。
お金の有り余っている保険会社とかハイレバレッジをかけて運用するヘッジファンドとかならうまみもあるでしょうが、100%自己資本の弱小投資家が投資する対象にはならないかな、と。
あ~・・・暴落してほしいけど無理なんだろうな~。。
本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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