企業分析アナトールの株式投資

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【8015】豊田通商~有価証券報告書の読み方~

結論

戦前からのトヨタ財閥の御用商家。今なお本家の影響は健在と思われる。新エネルギー分野やアフリカ事業など、期待できそうなビジネスもあるものの、本家の影響を考えると、「だったら本家のオーナーになった方がいいのでは」と思ってしまう。

 

目次

 

前置き

豊田通商は調査予定にはありませんでしたが、読者様にリクエストされたため分析します。といっても商社というのは事業が多岐に渡るコングロマリットであることが多く、それ一社を買うだけで複数の事業を買うようなものなので、そもそも性質判断が難しい事業である事は先に申し添えておきます。

 

事業概要

まずは豊田通商の事業についてです。

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豊田通商の事業内容は、金属、グローバル部品・ロジスティクス、自動車、機械・エネルギー・プラントプロジェクト、化学品・エレクトロニクス、食料・生活産業、アフリカの7営業本部に分けられ、各種商品を取引しているようです。

 

同社の名前から分かる通り、自動車メーカーのトヨタに関係する生い立ちを持った会社ですので、その辺りの関係性も見ておきます。

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(創立経緯)

1936年10月トヨタ自動車工業株式会社の自動車販売に対する金融を目的に、資本金100万円をもってトヨタ金融株式会社が発足した。その後、1942年4月にこれを豐田産業株式会社と改称し、証券保有の業務も兼ねることとなった。終戦後はただちに機構の改革と整備をはかるとともに、商事会社に転換し逐年業務の伸長をみたが、1947年9月持株会社整理委員会から持株会社の指定を受け、1948年7月これを解散、同月その商事部門を継承して設立された。

持株会社整理委員会というのは第二次世界大戦後、連合軍の占領統治下に置かれた日本に於いて、経済民主化政策の一つである財閥解体の実施に当たった特殊法人の事です。

第二次世界大戦後の豊田財閥も財閥解体の憂き目にあっていたというわけですね。。 

財閥解体は知っていましたが、トヨタ系の会社がそれに該当したとは知らなかった。

財閥解体 - Wikipedia

確かに第5次指定の中に豊田産業株式会社がありますね。

企業分析をしている経緯でこういう歴史的事象を目にすると、どういった思想でその政策を行ったのか、どこの財閥をどのように選んだのか、それは妥当だったのかなど、疑問が湧いてきてなかなか面白いですね。

財閥解体という政策には一部の人への権力の集中を解体するという側面があり、現代の独占禁止法に通じる考え方かと。財閥解体以前の米国のスタンダードオイル分割や、現代のGAFAの分割案などと紐づけ、思想を整理していくと財閥解体は興味深い研究テーマかと思います。

ですが、今回は企業分析なので、財閥解体については飛ばしましょう。

そういった過程を経て、現在の資本関係を見てみます。

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トヨタ系の会社2社が32.87%を所有してます。

辛うじて株主総会の特別決議を単独で否決する権限に至らない水準です。

持ち株比率の重要性 −株主の権利

ただ、いずれにせよ結構な比率には違いないので、子会社とはならないまでも意向を無視できない存在、といった雰囲気です。

役員を見てみるとやはりトヨタ関係者がきっちり睨みを利かせてます。

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というか名字から察せられる通り監査役の豊田周平氏は普通に創業家ですね。

豊田周平 - Wikipedia

トヨタ系の同族経営に組み込まれている印象です。

当ブログでは、同族経営をフェアな企業文化を阻害する要因の一つとして、基本的に推奨してないのでこの点はマイナスファクターです。

また、形式基準的にはトヨタグループとは言えませんが、これだけの持ち株比率で、兼任役員がいたりする点を考慮すると実質トヨタとの親子上場みたいなものかな、と。

親子上場もまた、トップの果断な決断を阻害するものとして当ブログとしてはマイナス評価になります。

ガバナンスとしてはあまり評価できないかと思います。

 

セグメントの状況

豊田通商のセグメントは7つです。

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金属:1.7兆円(24.7%、利益率5.6%)

グローバル部品・ロジスティクス:0.9兆円(13.1%、利益率8.3%)

自動車:0.6兆円(9.1%、利益率13.7%)

機械・エネルギー・プラントプロジェクト:0.8兆円(11.8%、利益率11.2%)

化学品・エレクトロニクス:1.5兆円(22.0%、利益率6.9%)

食料・生活産業:0.4兆円(6.5%、利益率10.6%)

アフリカ:0.9兆円(12.7%、利益率18.2%)

規模の大きさでは金属、化学品・エレクトロニクス、グローバル部品・ロジスティクスといった順番ですね。しかし、規模の大きい事業は軒並み利益率が10%を切っており、決して良い水準とは言えません。

勿論、商社は傘下企業が沢山ぶら下がっており、そこには高付加価値のビジネスから薄利多売のビジネスもあるでしょうし、或いは重要性の観点からその業績を合算していない事業もあるでしょうから、数値だけでは一口には語れません。

 

セグメント別の業績説明のところを見てみると、ほとんどが自動車産業に紐づく事業っぽいです。

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となるとこれはもうトヨタの御用商人的立ち位置ですね。

財閥解体以前と変わらず、トヨタのお抱え商社なのは間違いないかと。

リスクのところにもその点の指摘はあります。

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収益に占める比率は12.7%となってて、一瞬「あれ?影響はそんなでもないかな」とか思ったんですけど、よく考えたらトヨタから仕入れたり技術提供を受けたりする事を考えたら、収益性だけでは関係性をはかれないですよね。

トヨタの凋落は豊田通商に相当影響が出ると思われます。

 

あと、ちょっと気になるのは事業セグメントの「アフリカ」ですね。

決して売上比率で少なくないですし、唯一利益率が結構高いですね。

セグメントの説明は以下。

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なるほど。。アフリカでの新規事業開発をしているのですね。。

アフリカ大陸は世界で最も発展が遅れている大陸で、最後のフロンティアと呼ばれている市場です。(中国なども積極的に関与して利権を狙っていると聞きます)

誰もがここを取れればかなり将来性があると思いつつも、治安や民族の問題などで難手を出しあぐねている印象がありますから、その地域でこれだけの売上と利益率を得ているというのは中々興味深いですね。

同社のHPを覗いてみましょう。

アフリカ本部 | 事業紹介 | 豊田通商株式会社

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2012年に1850年代よりアフリカ仏語圏を中心にプレゼンスを高めてきた仏最大の商社CFAO社へ資本参加しました。2016年には同社を完全子会社化し、更に2017年4月には、社内のアフリカ関連事業を統合・集約し、全社初の地域軸本部であるアフリカ本部を新設しました。また、2019年1月には、トヨタ自動車(株)のホーム&アウェイ戦略に基づいて、同社のアフリカ市場における営業業務を当本部に全面移管しました。現在ではアフリカ全54カ国へのネットワークを有し、総勢約22,000名の従業員で多彩なビジネスを展開しています。

CFAO社を2016年に子会社しているのが影響として大きそうですね。。

日本という国は歴史的にあまりアフリカと接点はなく、フランスのように言語のレベルまで浸透している国の会社を買収してしまった方が、手っ取り早いのは間違いないと思います。

買収したCFAOからトヨタの自動車ビジネス展開をサポートすれば、割とうまくいく確率は高い気がします。

しかし逆に言えばここがうまくいくと、益々トヨタという会社に依存度を強めるという事ですから、いよいよ独立性が損なわれる気がします。

そもそもこの話って「トヨタ自動車(株)のホーム&アウェイ戦略に基づいて、同社のアフリカ市場における営業業務を当本部に全面移管しました」って、形こそ対等な提携なのかもしれませんが資本関係とか力関係を考えたら、完全に傘下の会社扱いですよね。。

勿論、トヨタのアフリカ代理店として、アフリカ事業がうまくいけば豊田通商は潤うのでしょうけど、代理店がトヨタ本体より儲かるっていうのはトヨタ自身にとっては面白くないですから、いずれはトヨタに利益を吸い上げられる事になるんじゃないかと。でもそれならば最初からトヨタに投資した方が良い気がします。

どんなに先行きが明るくても、親子上場と同族経営の縛りがある会社は私は気乗りしないですね。。

 

 

 

業績推移

利益率の推移は1.2%⇒2.4%⇒3.2%⇒3.4%⇒3.4%

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先のセグメントの利益率はあくまで粗利ベースですから、そこから販管費等を差し引くと利益率は一桁ですね。商社というビジネスは基本的に仲介フィーですから、利益率が低い事は、即リスクが高いという事に直結するわけではありません。

⇒売上全体に占める固定費の割合が低いため

しかし事業としての付加価値率が低いのは、伸び代も少ないという事ですから、ビジネスの構造改革でもしない限り大きなリターンも見込めない気がします。

 

 

 

財務指標

同社はROE、ネットDER、キャッシュフローを重視しているようです。

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この辺りはさすがは商社で、ツボを押さえた指標を見ている感じがします。

あとは、普通の会社であれば具体的に数値目標を入れてほしいところではありますが、企業の複合体である商社は、指標を意図的に統制する事はほとんど不可能です。

会社の業績数値は複数企業の合算値でしかなく、何をベースに管理しているのかを述べるのが精いっぱいかと。

財務指標としてバランスが取れている印象なので、ここは問題ないと思います。

 

 

 

キャッシュフロー

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フリーキャッシュフローは安定して黒字ではありますが、若干投資キャッシュフローが多い印象です。あと、4,5年前の財務キャッシュフローが珍しい動きをしてそうなので、一応確認しておきます。

まずは投資キャッシュフロー

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有形・無形固定資産の取得以外に、定期預金に投資不動産、投資の取得、子会社の取得、貸付金と色んな事をしてますね。しかし、こういった多岐に渡る支出がありながら、きっちり営業キャッシュフローの一定率に抑えている辺りはさすがの統制かな、と思います。キャッシュフローを重視しているというのは噓ではないのかな、と。

次に4、5年前の財務キャッシュフローです。

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これまた色々な資金調達を試みてます。

それに借り換えの金額も多いですね。

これは借金をしてかなりのレバレッジをかけてるのかな、と。

同社の重点事項としてROEがありましたから、これはROEを意識した資金調達をしているのではないかと推測します。実際どれくらいか見てみましょう。

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基本的に10%~12%と健闘してます。最初に見た通り付加価値率は良くて3%程度の会社ですから、ここからROEを引き上げるには、自己資本の方を削り、レバレッジをかけるしか手はありません。大体ROEが10%以上になるように財務管理をしているんじゃないかと。

こういった部分も、重点項目に沿った行動をとっているようで好印象です。

 

 

 

B/S(貸借対照表

資産の確認です。

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現金及び同等物が4,963.2億円(10.9%)と全体の比率から見るとかなり絞ってますね。資本効率をギリギリまであげるために手元資金を最小限に抑えているのかな、と。

売上債権の金額は1兆2,521.5億円(27.5%)で滞留は68日ほどです。規模がデカすぎますから、内訳を見てみると多少は滞留したものもあるでしょう。ただ、少なくとも表面上は問題ないです。

棚卸資産は7,836.1億円(17.2%)で滞留期間は47日ですが・・・この辺りもこの数値だけ見ても在庫水準が妥当なのかは分かりませんね。

滞留期間は棚卸資産/売上原価×365日で算出してますが、これは在庫ビジネスだけの単一事業会社なら、これでざっくり算出できるだけで、豊田通商のように傘下の多くの企業がタイプの違う様々なビジネス展開をしている会社では、トータルの数値を分析しても正直分かりようがありません。

本気で状況を把握したいなら傘下の企業の財務諸表をひとつづつチェックするしかないと思います。

投資家はこういった会計の限界も認識しておいた方が良いと思います。

複数の事業モデルを持っているコングロマリット企業については、通り一辺倒な指標を使った分析は、むしろミスリードを招く元になりかねませんから注意が必要です。

その他投資3,883.4億円(8.5%)はについては正直評価し辛いです。

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内訳としては2,314.4億円はレベル1のデリバティブで、残りがレベル3の出資金等のようです。レベル1はおそらく何らかの市場変動をヘッジするためのデリバティブの評価額かとは思いますが、正直「市場で活発に取引されているから大丈夫」というものではないです。

そもそも豊田通商がどこまで本業に即したデリバティブを使用しているのかは、外からは分かり得ません。例えば本業から逸脱したリスクを取っていた場合などは、大きな損失も当然考えられます。

このあたりは経理処理としてもかなり面倒な分野ですが、読み手も解釈に悩む部分です。君子危うきに近寄らず、リスク要因の一つとしてだけ覚えておいた方が良い気がします。

有形固定資産は7,808.3億円(17.2%)です。

主要な設備等について確認しておきます。

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国内では自然発電設備を結構持っているのですね。

このあたりはトヨタの事業とは若干毛色が違うようです。

有形固定資産として持っているのは豊田通商独自の事業で、トヨタと絡む事業は設備投資はトヨタ側でしてくれるので、あくまで自分で資産を持たない仲介ビジネスがメインなのかな、と。

 

負債、純資産を見てみます。

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有利子負債は1.5兆円(33.5%)と凄く借りてます。

純資産は1.3兆円(30.2%)ですから、資本よりも有利子負債の方が多い事になります。攻めてますね・・・。

ただ、財務上はリスキーとはいえ、これは自社の付加価値率の低さを補い、ROEを一定以上の水準に保つための戦略的な財務施策と思われるため、質としては評価できます。

やはりビジネス的にはあまり強くないですが、それを補うためにマネジメントの質は高そうな印象を受けます。

 

 

 

従業員の状況、役員報酬

さすがに商社だけあって、従業員の平均給与は高いですね。

勤続年数も長いです。実際、商社の仕事ってキツそうですが面白そうですよね。

私も「不毛地帯」読んで商社いいな~と思って、三菱商事エントリーシート出したら書類選考で足切りされてふて寝した覚えがあります。

いや、まともに就活してなかった私が悪いんですけどね。。

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あと、人員がアフリカに相当偏っているのは、16年に子会社化したCFAOの人員と、トヨタからのアフリカ営業部隊の人員異動が理由と推測します。

やはり自動車に関連が深いセグメントほど人員が多いように見えます。

トヨタから独立した存在になる事はまずないでしょうね。。


一方、役員はどうかと言うと・・・

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1人当たり平均61.4百万円ほどです。

トップの二人は億越えです。

社員の給与水準や組織の規模、売上高を考えるとそれほどおかしな額ではないかと思います。付加価値率こそそれほど高くありませんが、財務戦略でそれを補おうとする姿勢や適切な指標を定めている点など、マネジメントとしての責務を十分にまっとうされているように感じます。

 

 

 

株主還元

具体的な配当性向の数値を示しているのは良いですが、25%か、という感じです。

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一応、配当性向の実績も確認してみると、なんか全然目標よりも出してますね。

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これは嬉しいポイントです。目標はあくまで最低水準であって、おそらく財務的に吐き出すことが必要なら、いくらでも吐き出す、というスタンスではないかと。

こういう部分もマネジメントの誠実さの表れで良いと思います。

 

 

 

まとめ

主に財務戦略でマネジメントがしっかり仕事をしている印象が強かったです。全体的に付加価値率が低い点は否めませんが、将来的に新エネルギーやアフリカといった、新しい事業に進出している点もプラス評価です。今後それらの分野が大きく発展・成長する可能性も考えられます。

しかし、やはりほとんど親子上場のような状況と、創業家の同族的なしがらみに巻き込まれているのは、いかんともしがたし、です。私は方針としてこういった会社はよほどの事情がない限り評価しません。

人類の歴史において、血統による統治が持続したことはなく、いずれもどこかの時点で腐敗し、多大な犠牲を払ったうえで組織ごと淘汰されます。

近代、人類の発展が恐ろしい速度で進んでいる一つの要因として、封建主義から資本主義への移行によって、中世以前は主流だった血統主義が減ったことが大きいというのが当ブログの見解です。

企業の崇高な意思とは、血によってではなく、理性と仕組みによって受け継がれるものではないかと。いかなる理由があれ、血統主義に絡めとられている企業は、いずれその見えざる対価を払う必要があり、注意が必要ではないかと思います。

 

本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。

 

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