結論
ビジネスモデル自体はファブレス志向で有望。しかし、会社としてアセットレスの気配が見えず、資金効率や従業員給与、役員報酬が振るわない。同族経営という点や従業員の人数が増えている点にも若干の不安アリ。
目次
事業概要
まずはエスティックの事業についてです。
エスティックの事業はナットランナ、ハンドナットランナ、サーボプレス、ネジ締付装置の製造・販売及び修理・点検です。
いずれの製品もコアとなる技術は同じで「ネジの締め付け」のようです。結構ニッチでピンポイントな分野な気がしますが、ネジは産業の塩なんて言われてるくらいですから多分この先もなくなる事はない気がします。
ニッチな分野であっても経営資源を集中して、業界で一定の地位を占めているとしたら、下手に色々やっている会社よりも有望ではないかと思います。
ちなみに、ネジ締め付け理論の説明は分かりやすくて面白いですね。
ネジ締め付け理論
ネジには弾性域と塑性域があります。
弾性域とは、ネジをねじ込んでいく過程において、ネジ首は伸びていきますが、鉄の性質上弾性があるので伸びたものは縮もうとする力があり、その弾性がある状態を弾性域といいます。
弾性域で振動が加わりますと、ネジ首が伸び縮みをし、その瞬間に雌ネジと雄ネジのそれぞれのネジ山の間に隙間ができることによりネジが緩みます。
塑性域とは、弾性域をこえてネジを伸ばしていくとネジが伸びきり縮む力がなくなる領域をいいます。塑性域までネジを伸ばすと、弾性がないので振動を加えてもネジは伸び縮みせず、ネジ山に隙間ができることがないので緩みません。
なお、塑性域を超えてネジを伸ばしていくと最後には破断します。
弾性域から塑性域に変化する点を降伏点といい、緩まないネジ締めとはこの降伏点を越えた点(出来るだけ降伏点に近い塑性域)までネジを伸ばす締め付け管理により実現します。
基本となる考え方は上記の通りシンプルなのでしょうが、ここから素材の耐久度とかネジの大きさとか諸条件が変わってくると、無限のパターンが必要になる奥深い分野ではないかと。
事業のリスク
事業のリスクも見ていきます。
事業リスクの中で目を引くのは自動車産業への依存ですね。
日本国内で90%、海外ではほぼ100%の売上が自動車向けとのことなので、ほぼ自動車産業に設備や工具を提供している会社という事かと。となれば自動車業界の業績動向にも影響される筈。特に景気後退の時の自動車産業の生産調整、投資引き締めは厳しいですから、注意してかかる必要があります。
あと、自動車産業でいま最もホットな話題といえば、やはりガソリン車⇒EVへの移行かと思います。EVになると部品の点数が減るとか聞きますし。
そもそもEVはネジを使用するのか、と気になったので調べてみると以下のような記事がありました。
「産業の塩」ネジもEVシフト 小さく軽く緩まず: 日本経済新聞
――自動車の部品点数はEV化に伴い減ります。ネジも同様でしょうか。
「エンジンやトランスミッションに使われる直径8~14ミリの大きなネジは減る。一方でEVにセンサーなど小型の電子部品が多数搭載され、取り付けに使う直径4ミリ以下の小さなネジの需要は確実に伸びる。ネジの単価は下がっても、EV1台当たりに使う本数は増えるだろう」
この記事ではエスティックの競合である日東精工の材木社長がインタビューに答えていますが、EVになったとしても、小さなネジの需要はそれなりに継続する見通しのようです。
しかもこの記事によると、エスティックは既にテスラにネジ締め装置の提供を開始しているそうです。テスラは既にEVメーカーとしてかなりの知名度ですから、そこに供給しているというのは大きな実績です。ここだけを見る限りは、今後仮に自動車の覇権がEVに移ったとしても、エスティックにとっては大きな問題にはならないのかな、と。
セグメントの状況
エスティックは単一事業ですのでセグメント別はありません。
ただ、地域別売上があるのでこちらはチェックします。
日本:22.4億円(42.3%)
中国:7.9億円(14.9%)
米国:13.0億円(24.5%)
その他:9.7億円(18.3%)
半分が国内向け、半分が海外向けのようですね。
この米国向け売上の中にテスラが入っているのかな。。
業績推移
利益率の推移は22.5%⇒25.3%⇒26.4%⇒25.9%⇒20.3%
製造業ではかなり優良な利益率です。
特にコロナショックで売上が落ちている割に、利益率がそれほど減ってないのは凄いですね。ん・・・というかこれは利益率が減らなすぎでは・・・?
まさかと思って設備の状況を見に行きます。
やっぱり・・・ファブレス(厳密に言えばおそらく組立用の工場はある)の会社さんですね。
巨大な工場固定費抱える会社が、あれだけ売上の増減があってなお、こんなに高利益率を保てるはずがないと思いました。
結局のところビジネスは最上流の企画・設計と、最下流の検査・販売が高利益率なので、そこだけを抑えたビジネスができると、低リスク高利益率モデルになります。
工場や店舗などの大きな固定資産を管理統制しながらそれなりの利益率を出す会社は勿論凄いのですが、それは結局次善の策で、そもそもそういったモノを持たないのが企業にとっては最善手です。
古代中国の兵法家である孫子の言葉に
百戦百勝は善の善なるものに非ず
戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり
というものがあります。要は戦いというのはそれ自体が消耗するものであるから、100回戦って100回勝つというのは次善の策であり、戦わずして勝つのが最善であるというものです。(余談ですが、軍略家でありながら、戦そのものの合理性を問うその視座の高さこそが孫子の凄味であり、現代ビジネスにも通じる部分だと思います)
工場や店舗といったビジネスにとっての固定資産は、いわば消耗が激しく勝つのが難しい戦争のようなもので、勝てたとしても戦果は予算内のコストダウン程しか望めません。企画設計を狙いとする開発工場は仕方ないにしても、量産工場を自前で抱えている企業は、管理自体から撤退、もしくは縮小する道(製造業ではファブレス、小売業や飲食業ではフランチャイズというビジネスモデル)を模索しなければ、いつまで経っても消耗戦を続ける事になるのではないかと。
しかし、どこの会社もそれが望ましいと思いつつ、実現できないのがファブレスという、ビジネスモデルで、この製造業にとっての最善手を打てる企業はそうありません。多少の工場はあるものの、ファブレスに近い方向に舵切をしているエスティックは会社の質にかなり期待できそうです。
財務指標
エスティックの掲げる指標は売上高、売上高経常利益率、海外売上比率とのこと。
実にシンプルですが、具体的な数値目標は無いですね。
強いて言えば資本効率や配当性向といった株主方面の観点がありません。
一応ROEをチェックしておきましょう。
それなりに良いですが、あまり還元に積極的な印象は受けません。あれだけの利益率を稼げて、しかもファブレス経営なら資金は結構自由になりそうですから、配当なり自社株買いなりでもっと上げる事ができそうな気がします。
株主還元に興味がない、と言われればそれまでではありますが、その辺りは後々見ていきますか。。
キャッシュフロー
ファブレスで有形固定資産が少ないからでしょうね。ほとんど投資がないのでフリーキャッシュフローが潤沢な印象です。
直近2年の投資の動きを見ておきます。
20年度に何か買ってますね。
本社に投資してますね。。はあ、そうでっか・・・という感じ。
ファブレス方向に舵切している割に、あまり会社としての付加価値に関係ない本社に大金を投資しているというのはなんだかな、と。マネジメントの中でアセットレス経営が徹底されているわけではなさそうですね。
少々残念です。
重箱の隅をつつくような話かもしれませんが、「箕子の憂い」という言葉もあります。
箕子の憂い(きしのうれい)は、「小さな事柄から大きな流れを察知すること、またはそれができる人物」という意味で、韓非子が出典とされる。
・・・
殷の紂王が、はじめて象牙の箸を作った。それを知った家臣の箕子が恐れを抱いた。象牙の箸を何故そこまで恐れるのか分からない周囲の者たちに、箕子が語った。
「象牙の箸を使うとなれば、(今まで用いていた)素焼の器などではなく玉(翡翠)の器や犀の角の杯を用いたくなるだろう(象箸玉杯、ぞうちょぎょくはい)。象牙の箸に玉の器で食事をするとなれば、(今まで食していた)豆の葉や藜の汁などではなく水牛や象や豹の肉が盛られるだろう。豪華な食器に豪華な食事をするとなれば、粗末な衣服と粗末な家屋では満足できずに錦の衣服と豪華な宮殿が欲しくなるだろう。象牙の箸に釣り合うものを集めていけば、いずれ国中の財物を集めても足りなくなる。私が怖いのはその行きつく先だ。だから象牙の箸を恐れるのだ」
本社一つ買ったところでエスティックは揺るがないでしょうが、その背景にあるマネジメントの考え方を想像すると、将来的にどこまで行くのかは見えません。
アウトサイダーの投資家としては憂いを覚えずにはいられません。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び同等物が12.1億円(16.2%)とかなり少ないですね。ファブレス体制に近いならもっとキャッシュを蓄えてそうなものです。
売上債権は17.7億円(23.7%)で滞留日数は122日。意外に長いですね。製造業相手、特に自動車業界であれば確かに支払いが4か月先とかもあるでしょうが、海外は一般的に短くなることが多いので、これは意外な感じがします。
在庫は26.4億円(17.7%)、在庫滞留は244日。長いですね・・・。コロナの影響で売上が落ちている影響も当然あるでしょうが、一応前年の在庫滞留日数を確認すると、187日でした。それでも結構長めです。
同社の生産方式は部品は外注に出して組み立てるだけという事ですから、生産のリードタイムは他の製造業よりも短い筈。その中でこれだけ在庫を滞留させているというのは解せないですね。折角、固定資産が少なく済んでもこういう部分で資金を寝かせていては、資金効率は上がりません。何らかの特殊事情があるのか、単に在庫管理がずさんなのか。いずれにせよマイナス評価です。
経常利益率が立派な割にROEがそれほどでもなかったのは、その辺りが関係しているのかな、と。
有形固定資産は17.7億円(23.7%)と結構な割合あります。折角ビジネスモデルはファブレスにできそうなのに、本社事務所などの土地建物が自前主義で無駄に資金が固定化されています。
耐用年数が短い機械装置が少ない分、機械修繕費や減価償却費といった固定費を減らす事はできているのかもしれませんが、建物や土地にお金を使っていたのでは、アセットレス経営としては片手落ち感があります。
採用している指標でもそうでしたが、B/S、C/F的観点が抜けている感じがします。
「本社への投資」もB/Sを最小限にする発想が無い故の意思決定ではないかと思われます。土地は償却(費用化)されませんし、建物は耐用年数が長いのでP/Lへのインパクトがかなり少ないので、B/Sリスクを考えないマネジメントがやりがちな投資です。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債はゼロの無借金経営ですね。
純資産は65.3億円(87.1%)で盤石です。
盤石な純資産ではありますが、裏付けとなるお金は在庫や有形固定資産、売上債権の形が多く、引き出せないので、株主還元などに使うのは難しいと思います。
従業員の状況、役員報酬
従業員の給与は平均年齢が37.9歳の割に4.9百万円と良くないです。勤続年数も製造業は10年超になる事が多いですが7年というのはかなり短めです。
というのもここ5年で人員がかなり増えてます。
新人が増えて平均勤続年数が下がるのは仕方ないですが、給与水準から考えてDX向けの高給取りのプロフェッショナル人材を沢山取っているというわけではなく、新卒とか現場作業員が増えているのかな、と。
正直、ファブレスの印象からはかなり違和感のある従業員の状況です。ファブレス経営は付加価値を上げる事ができるので従業員への還元は厚くなります。給与ランキング上位の常連であるキーエンスはファブレス企業の代表格です。
この給与水準であの経常利益率。。雲行きが怪しいですね。。
一方、役員はどうかと言うと・・・
取締役1人当たり平均15.7百万円ほどです。上場企業としては低水準ではありますが、従業員の給与水準を鑑みれば無難かと思います。
何というか・・・利益率は高いのに資金の使い方が荒いせいでこういう部分に還元できてないのではないかな、と思ってしまいます。
在庫管理や投資の方針を見直してB/Sを圧縮すれば、資本効率も上がって手元資金も増え、社員への還元も手厚くできるのではないかな、と
大株主の状況
会長である鈴木弘氏の持ち分と、会長の息子さんで社長の鈴木弘英氏の資産管理会社である弘鈴興産が合計で23.98%保有してます。
過半数はいかないまでも、会長、社長を同家が占有しているわけですから、合わせて考えれば鈴木家の意のままに動く会社かと。
不公正な取引などが無いか確認します。
鈴木家に関係するのは2020年度の自己株式の取得ですね。
買付価格は当時の市場価格と変わりませんから適正かと。
ただ、何故売ったのかな、というのは少々気になりますね。
https://www.estic.co.jp/ir/press-release/press/prs20190726.pdf
当時のプレスリリースにも弘鈴興産側の理由は書かれていないようです。
当社は、弘鈴興産より、その保有する当社普通株式の一部である 240,000 株((保有割合:8.83%)、以下「売却意向株式」といいます。)を売却する意向がある旨の連絡を受けました。なお、弘鈴興産は、当社の代表取締役社長であり創業者でもある鈴木弘氏、鈴木弘氏の実子であり当社の取締役である鈴木弘英氏の2名がその株式の全てを保有する資産管理会社であり、鈴木弘英氏が代表取締役を務めております。
当社は、弘鈴興産からの連絡を受けて、一時的にまとまった数量の株式が市場に放出された場合における当社普通株式の流動性及び市場株価への影響、並びに当社の財務状況等に鑑みて、2019 年5月下旬より、当該株式を自己株式として取得することについての具体的な検討を開始いたしました。(中略)
そこで当社は、上記の検討内容を踏まえ、2019 年7月 25 日に、弘鈴興産に対して、東京証券取引所市場第二部における当社普通株式の市場価格から一定のディスカウントを行った価格で当社が本公開買付けを実施した場合の応募について打診したところ、2019 年7月 25 日に、弘鈴興産より売却意向株式(240,000 株(保有割合:8.83%))の応募を前向きに検討する旨の回答を得られました。
これを受けて、当社は、ディスカウント率について再度慎重に検討を行いました。(中略)
同日までの過去1ヶ月間の当社普通株式の終値の単純平均値ではなく、同日までの過去3ヶ月間の東京証券取引所市場第二部における当社普通株式の終値の単純平均値から 10%程度ディスカウントした金額を本公開買付価格とすることを弘鈴興産に提案いたしました。
(中略)
その結果、当社は 2019 年7月 25 日に、当社が本公開買付けの実施を決議した場合、弘鈴興産より上記条件にて売却意向株式(240,000 株(保有割合:8.83%))の全てを本公開買付けに応募する旨の回答を得ました。 また、本公開買付けに応募しない当社普通株式 200,000 株(保有割合:7.36%)については本公開買付け後も継続して保有する旨の回答を得ました。
弘鈴興産とエスティックは意思決定権者が同じわけですから、このやり取りを一人二役でやっていると思うとエライ仰々しいな、と思ったのですが、鈴木氏お二人はエスティック側の意思決定には参加していない旨が一番最後に書かれてました。
なお、当社の代表取締役社長である鈴木弘氏及び当社の取締役である鈴木弘英氏は、本公開買付けに関して特別利害関係を有することに鑑み、利益相反を回避し、取引の公正性を高める観点から、本公開買付けの諸条件に関する協議・交渉には当社の立場からは参加しておらず、上記の取締役会における審議及び決議にも参加しておりません。
これはフェアな対応かと思います。
取締役は結局のところ大株主であり社長である鈴木氏が決定するわけですから、いかようにも操作できるわけですけど、もしその権力をかさに着て、自分勝手を通すような人だったら、わざわざプレスリリースにこんな長々とした説明を書くような配慮はせず、「買い上げます、以上」で終わるんじゃないかと。
(そういう書き方がルールとしてダメってことは無い気がします)
こういう部分を見ると本当にエスティック側の意思決定に鈴木氏お二人は関わってないのだろうな、と。つまりフェアなお人柄なのではないかと推測します。
株主還元
明確な還元方針は無いようです。
実際の配当性向もあまり多くはないです。
資金が滞留していて手持ちの現金が少ないので、還元もしづらいのでしょうね。
そもそもあまり株主還元を重要視していないのではないかな、と。
まとめ
ビジネスモデル自体は、部品の製作を外注して生産工程を最小限にしているファブレス傾向が見られるため有望。しかし、会社としてアセットレスに力を入れている意識が見えず、それが足かせとなってB/Sの資金効率や従業員給与、役員報酬が振るわないのではないか。ガバナンス上も鈴木氏お二人に暗い部分は見えないものの、同族経営の形には違いなく今後も同族経営が続く可能性も考えられる。
本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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