結論
製品のブランド力、それを作り上げる宣伝力は凄いと思う一方で、経営管理能力や株主還元に繋げる能力に一抹の不安あり。創業家が力を持っているようなので、今後もそれは続きそうな雰囲気。
目次
事業概要
まずは大幸薬品の事業についてです。
大幸薬品の事業は医薬品事業、感染管理事業、その他事業です。
医薬品事業はあの有名な「正露丸」ですね。さして薬に縁の無い私ですら知っているくらいですから、素晴らしい認知度だと思います。「ラッパのマークの正露丸」というCMが未だに耳に残ってます。
他に目立った薬が無さそうなのに、これだけでやり続けるというのは凄いな、と。
経営資源を集中できている分、利益率も凄く良いのではないかと期待できます。
感染管理事業のメイン商品は「クレベリン」かと。これもまた何となくCMが耳に残っていますね。
感染管理事業自体がコロナ影響で注目を浴びていますから、これもまたかなり有望な事業です。
正露丸にせよクレベリンにせよ、販売チャネルはドラックストアが多いようで、顧客が一般消費者なのでCMに力を入れているのかな、と。
その他事業は正露丸を作る時の副産物である、木酢液を入浴剤にしたりして売っているそうです。素晴らしい有効活用ですね。捨てればゴミ、売れば爆売れというケースはビジネスで結構多いですから、こういう姿勢はエコ的な観点からも良いと思います。
無駄に事業領域を広げている印象も無く、主要な商品がかなり絞られている印象です。これは業績もかなり期待できます。
セグメントの状況
大幸薬品は事業を前述の3つに分けて分析しています。
医薬品事業:20.3%(利益率32.0%)
感染管理事業:79.6%(利益率41.2%)
その他事業:0.0%(利益率▲850.0%)
本社費用を除くとはいえ、この利益率は立派です。ブランド価値があるからこそ達成可能な利益率と思います。
その他事業はまだ活用方法を模索している段階という印象です。
ちょっと気になるのは感染管理事業はまさに今ホットな事業なので、今だけ好業績の可能性もあります。一応過去の推移も見ておきます。
医薬品(正露丸)の売上は、直近決算期が変わっているため減っているだけで月当たりの売上にそれほど変化無い印象です。
しかしやはり感染管理事業の2020年3月期、2020年12月期(2020年から12月決算に変更)の売上の伸びがヤバいですね。
2019年3月期と比較すると2020年12月期の月あたり売上は3.8倍近いです。コロナ特需による伸びかと。
あと、注目すべきは感染管理事業の有形固定資産および無形固定資産の増加額です。2020年12月期に23.0億円増えてます。おそらく感染管理事業の好調を支えるために工場でも新設したんじゃないかと。
沿革を見てみると大阪、茨木工場を新設したようです。
詳細は主要な設備を見てみます。
まさに製造工場という事で感染管理事業の生産能力強化が狙いなんだろうな、と。
しかし怖いのは、感染管理事業の大幅な飛躍が一過性のものに過ぎない場合です。
工場というのは一度投資してしまうと減価償却費での回収に機械装置で数年、建屋は数十年かかるので、その間に売上がガタ落ちすると一気に減損となるリスクがあります。
マネジメントは大きな勝負に出たな、という印象です。
伸るか反るかはコロナ禍で生まれた感染予防意識がいつまで続くか次第なので何とも言えませんが、個人的にはちょっと怖い挑戦かな、と思います。
需要が伸びている時に生産能力を増やすというのは、失敗しやすい典型です。
具体的には石油産業などでありがちな話です。
原油価格が上昇すると原油の採掘業者が油田に殺到し、採掘機材に投資するが、実際に油田を掘り当てて生産を始めるころには、既に原油価格は供給過多によって下落し始めており、後発の採掘業者は次々廃業せざるを得ない、という話があります。
昨年の原油価格の下落によって採算ラインが50$と言われるアメリカのシェールオイル業者が次々に廃業したという話がありました。。
シェブロンがそういう会社を買収していると聞いたときは度胸あるな~と思いましたが、原油価格が60$まで復活している現状を見てると、シェブロンは英断だったな、と。
脱線しましたが、要するに売上が伸びている時の生産量増強は失敗しやすいです。
一時的に急激に需要が増えた場合などは、突然の生産量の増強ではなく、例えば生産業者にノウハウを提供してロイヤリティを受け取る形にする、OEM生産などをするのが理想です。
クレベリンでそれができるのか、という課題はありますが、コロナ禍では①他の消費財生産がストップしている②感染防止品の需要高騰③多くの異業種が予防品の生産に乗り出していたというOEMを広げる絶好のチャンスだったわけなので、ここでマネジメントが自前主義、追加投資一択だったとすれば少々体質として不安です。
業績推移
利益率の推移は17.0%⇒16.6%⇒18.1%⇒24.3%⇒31.0%
2020年12月期は9か月しかないはずなのに、売上が伸びているという圧倒的な成長をしています。31%は素晴らしい利益率です。
ただ、これは基本的に特需分と考えるべきかな、と。
本当の体質ベースで考えると大体15%~20%くらいではないかと。
ただ、これでも結構な利益率です。
正露丸とか、大幸薬品の1946年創業から扱っている一般消費者向けの製品で、未だにこの利益率で安定しているって凄いブランド力だと思います。
経営方針
経営上の指標としては売上高、利益の成長とROEです。
指標のチョイスとしては悪くないな、と思いますが・・・ROEの実績が以下。
重視してこれか・・・という感じです。
直近2年は良いとしてもこれはあくまで特需。その前の3年が実力ベースと考えるとあまり評価できないな、と。
ただ、個人的に「健康社会の『無いと困る』を追求する」というスローガンはいいな、と思います。「無いと困る」はまさにブランド力であり、同社の2大商品である正露丸とクレベリンの利益率はそれを証明しているのではないかと思います。
商品を生む力、ブランド力を作る力はスローガンと合致しており好感が持てます。
しかし、それがROEに上手くつなげられていないのは、ひとえに経営管理のマズさではないかと。要は前述の自前主義に見られるように、資産の圧縮に無頓着で効率性が低い可能性があります。B/Sではそのあたりを見ていきたいです。
キャッシュフロー
営業キャッシュフローが荒れてますね・・・正露丸の売上があれだけ安定しているにも関わらず、これだけ波があるというのは違和感があります。マイナスの年の詳細を見ておきます。
売掛金と在庫の増え方がヤバいですね。。
需要が増えているのは分かるので売掛金が膨らむのは仕方ないにしても、在庫をこんな増やし方をして大丈夫なのか。。工場を新しく作っているから今後もさらに膨らむ可能性もあります。アフターコロナがどんな生活になるのかは分かりませんが・・・本当に在庫を捌けるのか。。勝負をかけてますね。。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び預金が49.4億円(15.6%)と、工場を持つ会社らしい割合です。投資有価証券12.3億円(3.9%)の内容も見てみます。
社債への投資という比較的安全目の投資に加え、2020年12月期に非上場企業に5億円の追加投資を行っているようです。
内容が無いかと沿革を見ますが、2020年4月~12月に載っている台湾、中国、大幸薬品インターナショナル株式会社は全て100%子会社なので、連結対象になり、連結財務諸表には投資有価証券としては載ってこない筈。
よく分からないので、株式の保有状況を確認すると、取引関係維持・強化のため、とありますから、実質取引先に投資する持合株式かな、と。
これも資本効率の悪化に繋がり、体質的に評価できません。
売上債権は79.2億円(24.9%)で滞留日数は164日と結構長いです・・・。勿論急激に期末に需要が集中した場合、売掛金が偏るのであり得なくはないのですが、リスクである事には違いありません。実は2018年3月期の営業キャッシュフローのマイナスも売り上げ増による売掛金が溜まった事によるもののようなので、売掛金の回収が若干荒い印象があります。
大幸薬品は販売チャネルとしてドラックストアを利用しているためか、仲介する一部の顧客に売上が集中しています。この中に支払スパンの長い業者さんがいる可能性があります。
しかし企業が資金効率を高め、貸倒リスクを低減させるにはどうしても、細かく資金が入る必要があります。それができないとずっと無駄な資金を手元に滞留させておく必要があります。こういう部分をなんとかしなければ資金効率を上げるのは難しいのではないかと。
在庫も64.1億円(20.2%)と2020年3月期の20.3億円の3倍まで積みあがってます。
既にワクチンが開発されてきた現状で、アフターコロナでこんなに売れるものだろうか。これは結構不安要素です。
有形固定資産は94.5億円(29.7%)とやはり結構なウェイトで、茨木工場の追加もかなり大きな影響を与えてます。
本当に新たな工場を立ち上げる必要はあったのか、今後の決算に注目です。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債はゼロの無借金経営です。工場や在庫、売掛金をあれだけ抱えてなお借金が不要というのは、過去から積み上げてきた利益剰余金あっての事かと。
純資産は226.9億円(71.5%)と手厚いです。 しかし、これだけ純資産があって現金が10%台という事はそれだけ資産が膨らんでいる証であり、これを圧縮して自社株買いや配当などで還元しない限り、ROEの向上は見込めません。
現状のコロナ特需での数値が継続すれば勿論十分な数値ではありますが、今のような状況がいつまでも続くとは考えにくいです。
先ず経営者は資産を圧縮し、株主還元を手厚くして純資産の圧縮をすることでROEを上昇させる事が必要ではないかな、と。
従業員の状況、役員報酬
給与待遇は960万円と素晴らしいのですが、他の医薬品の会社に比べると勤続年数が短いのが少々気になります。
一方、役員はどうかと言うと・・・
取締役の一人当たり平均は80.8百万円です。製品のブランド力や企業規模を考えればそれほど違和感は無いですが、ちょっと気になったのは1億円以上の報酬を受けている柴田氏。
大幸薬品の前身の会社が柴田製薬所という点から分かる通り、柴田氏は同社の創業者一族です。となれば同社にどれくらい創業家の支配力があるのかも見ておく必要があります。
同社会長、社長の柴田仁氏、高氏が持つ以外にも一族と思われる方が結構持っています。典型的な一族が掌握する企業なのかな、と。
あと、個人的に気になるのは譲渡制限付株式報酬です。
役員のお二人は新株予約権の行使を結構しています。
要はストックオプションの事で、発行条件にもよりますが、ほとんどの場合これを実行すると権利を持っている人の株の持ち分が増え、既存株主の持ち分が希薄化されます。
これを正当化する根拠としては、経営者の利益と株主の利益を合致させる事にあるんですけど、そもそも柴田氏お二人は既に大株主で、経営者の利益と株主としての利益は合致しているため、これ以上発行する意味は無いように思います。
こういった部分の効果を本当に考えた上でやっているのかな、と。
ただでさえ、一族で株を保有していて、創業家の勝手ができてしまう環境で既存株主の利益を希薄化しかねない処理をしていると、倫理的に若干の懸念があります。
こういった状況を見るに、社員の勤続年数が若干短めというのも、同族経営によるあまり良くない影響(雰囲気)があるのではないかと勘繰ってしまいます。
株主還元
株主還元に関しては以下。
それっぽい事を書いているだけで具体的なDOEや配当性向など数値も何もなく、ほとんど何も語っていない内容です。
ROEを重視すると言いつつこういう部分を疎かにしていると、経営方針における「株主利益の最大化」も空疎に聞こえます。
まとめ
製品自体のブランド力が凄いのか、利益率には目を見張るものがあると思います。しかし、それを扱う経営能力には若干の懸念があります。売掛金の回収スパンや在庫の増え方、設備投資のタイミングなど、質的に弱い部分が目立つ印象です。
経営に外部の視点を入れようにも創業家一族によってある程度支配されているため、外部からの是正はあまり期待できません。
また還元方針にもあまり少数株主に対する意識があるようには見えないので、少数株主にとってはリスク多くリターンは少なし、という状況は今後も変わらない気がします。
あと、大幸薬品って二酸化塩素除菌商品の効果について十分な検証がなされていないとして優良誤認を招く表示をやめるよう処分を行われてるんですね。。
勿論これは大幸薬品に限った話ではなく、特に薬品なんてどこまで効果があるのか断定しにくい側面もあるでしょうが、だからこそ経営のスタンスは慎重にいくべきのように思います。
大きく感染管理事業に舵切をした決断力は凄いですが、今の内容を見るとそれが仇となる可能性も十分に考えられるな、と。
本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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