結論
ビジネス自体の立場の弱さに加え、コーポレートガバナンスにも疑問あり。財務体質は健全ではあるが、今の体制で今後の発展が見込めるのかは疑問。
目次
事業概要
まずはトーカロの事業についてです。
トーカロは表面処理加工の会社です。
金属の表面に様々な方法でセラミックスやサーメットといった素材でコーティングする事で、電気的特性や耐熱特性などを付与する事業です。
半導体・FPD製造装置用部品、産業機械用部品、鉄鋼用設備部品など、大きな機械に使うパーツは電気的特性や耐熱特性が設計上問題になるため、単に金属を整形させるだけでなく、トーカロで塗装を行ってから使う必要がある、という所でしょうか。
私は技術者ではないので、これがどれだけ高度な技術なのか、競争力があるのかは分かりません。ただ、経営者が挙げるリスクの中に以下のような記述がありました。
こういった記述を見る限りはトーカロが独占技術を持ってやれるようなビジネスではない気がします。事業の性質上も下請的立場から脱し切れていないのが現状ではないかと。。
あと、気になったのは、主要な取り扱い案件である半導体、産業機械、鉄鋼といった業種は、非常に業績の浮き沈みが激しいという点です。私は半導体業界に居た事がありますがその時に感じたのは、業績の上下は勿論ですが技術的進歩もかなりの速さだということです。半導体業界は間違いなく今後も成長していく分野ではありますが、その製法まで従来と同じとは限りません。同業他社の中で様々な製法を模索している話は聞いていましたから、場合によっては今やっている製法やそれに関わる技術が通用しなくなる、という可能性もありました。
リーマンショックによる世界的な景気後退の際は、半導体、産業機械、鉄鋼といった分野はかなりの赤字を出したと記憶しています。
トーカロの場合は全て部品加工であるため、そういった景気後退の際には影響がかなりデカい気がします。そうなると、利益率もかなりのバッファを持っていなければそれらのリスクを受け止めきれない気がします。
セグメントの状況
セグメントの状況を見てみます。
溶射加工:282.2億円(74.5%、利益率18.7%)
国内子会社:23.6億円(6.2%、利益率20.8%)
海外子会社:49.3億円(13.0%、利益率21.4%)
その他:23.8億円(6.3%、利益率11.2%)
構成としては溶射加工が大きく、全体の利益率は20%弱という所でしょうか。
ビジネスの付加価値率は、最も最終消費者に近い下流の販売と、最も上流の企画が高いです。理由としては中間にある製造工程は工場や機械などの固定資産が多く必要となり、人的危険も伴う一方で、決まったルール通りに作ることが多く、付加価値が生みにくいためです。
トーカロの場合、部品加工ですから、もろにその製造工程に組み込まれているわけですが、その苦しい立場でこの利益率はかなり頑張っているのではないかと思います。
業績推移
経常利益率の推移は17.5%⇒20.0%⇒21.6%⇒20.4%⇒18.0%
売上は伸びていますが、利益率はあまり変わっていません。悪くなるよりは良いですが、こうして見るとやはり、売上が伸びれば一気に利益率が伸びるような付加価値率の高いビジネスはできていないものと思われます。
経営方針
同社は重視する財務指標として売上高経常利益率、ROE、ROAをいずれも15%以上にする、という目標を定めています。
これはかなり賢明な選択だと思います。効率という観点から見て実に的を射ています。具体的に数値目標を立てている点も好感が持てます。
なんとなくの雰囲気ですが、ビジネスの性質上の難しさを体質の優良さでどうにか補っているような印象です。
キャッシュフロー
潤沢とは言えないまでも、ここ数年はフリーキャッシュフローは安定しています。ただ、4年前に赤字になってますが、これは差し引きで10億ほど満期保有目的債券の購入があったのと、千葉県と栃木県に工場を新設した事によるもののようです。
満期保有目的債券はなんちゃって投資なので良いとしても、工場の新設は事業の性質から見て、主要顧客の近くに事業所を設けるというのは、かなりリスキーな投資だと思います。つまり、顧客の意思決定次第で投資キャッシュフロー額が増減してしまいかねないのではないかと。
つくづく、事業の性質で損をしている気がします。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現預金は168.9億円(27.6%)と、工場を抱える会社なら無難な水準かと思います。
売掛金が117.1億円(19.2%)と割合としては多めで、滞留日数も112.8日とやはり長めです。しかし、支払期日が〆月から3か月後払いというのが製造業では多いので、製造業相手にビジネスをするトーカロにしてみれば、仕方ない水準かと思います。
有形固定資産が267.9億円(43.8%)と資産の中では最も多いです。顧客企業の工場ができる度に近くに工場を建設していれば、固定資産が膨れ上がるのは当然です。在庫として作り貯めして各地に配送できるような製品であれば、一か所にまとめて生産効率を上げるような施策もできるでしょうが、トーカロのような製造の一工程を代行する場合はそれもできません。資産の圧縮も難しいので実に苦しいビジネスです。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債は81.5億円(13.3%)です。
売掛金の回収が3か月超で有形固定資産も抱えているとなれば、借入金が必要となるのも無理もないかと思います。
純資産が426.3億円ありますから、財務体質の基盤としては十分ですが、設備投資が多いせいでフリーキャッシュフローが少くなりがちなので、自社株買いのように効率性向上のための施策が打てません。純資産が今後も積みあがっていくと、目標指標としているROEの向上は今後さらに望めなくなると思います。
コーポレートガバナンス(企業統治)について
トーカロは創業家一族のような特定の大株主のいない、フラットな株主構成になっています。
特定の株主がいないのは、いち個人の意見に左右されないという意味では、事業の安定性としてポジティブな状況だと思います。
ただ一方で、株主総会の意見を集約できない結果、経営陣が株主への還元を疎かにし、自分たちの私的な利益を得る事を目的として、役員の増員や報酬の増額といった行動を起こしやすくなります。
実際、トーカロの役員は男性16名、女性2名の計18名です。
ちょっと多くないですか・・・こんなに要ります?
トーカロの規模で取締役が14人(うち5人が非常勤)、監査役4人というのはちょっと多い気がするんですが。。
一応、東京証券取引所が出している、コーポレートガバナンス白書を参照
https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000003zc0h-att/nlsgeu000003zc32.pdf
平均ならせいぜい11人~12人くらいで良いのではないかと。
比較的少人数というのは一体何と比較したのか。。
そもそもトーカロの事業を継続する上で、そんなに議案があるのでしょうか。IT企業のように常に新規事業をする変化に富んだ事業環境で、多種多様な事業と課題を抱えているなら、多くの多面的人材を揃えて喧々諤々の議論をする事は重要だと思いますが、トーカロの事業は基本的に過去から変わっておらず、抱える課題は変わりません。
14名の取締役を集めて何を議論し、4名の監査役に何を監査させているのか謎です。
また、取締役報酬の決め方も良く分かりません。
経営方針の中の経営指標では、「売上高経常利益率、ROE、ROAをいずれも15%以上にする」と書いておきながら、何故取締役の評価基準が違うのか。ROEは目標が15%から10%に下がってますし、そもそもROAはどこへ行った。。
これでは達成できた実績に合わせて目標を下げているようにも見えます。
確かに数値目標のところには、達成できないかもしれない、とは書いてます。
しかし、トーカロの示している評価基準は売上高や営業利益と言った絶対値ではなく、売上高経常利益率、ROE、ROAといった体質値です。これらであれば、例え市場環境が悪化して売上が減っても、マネジメントが適切な指示を出して他の部分を調整する事で、達成できないまでも、近づける手段はあるはずです。
ビジネスには様々なトラブルが起こりますから、達成できないのは仕方ないとして、「達成できなかったから、達成できる評価基準に変えました」では指標の存在する意味がありません。
こうなると、正直経営方針に書かれていた経営指標にも信憑性が無くなってきます。取締役が14名も居て、この部分は誰も取り締まらないんでしょうか。
ちょっとこういった部分を見てしまうと、体質もあまり信用できなくなってきます。
まとめ
当初はビジネスの弱さを体質でどうにか補っている形なのかな、と思いましたが、コーポレートガバナンスの雰囲気を見ていると、どうにも体質も信用ならない気がします。
基本的に役員の人数が増える事は、会社にとっては望ましくありません。会議が長くなりますし、その割に無難な意思決定しかできなくなります。
経営トップ層が多面的な見方をすることは非常に重要な事です。ただそれは人数を増やせばよいという事ではありません。人数を増やした所で、質が伴わなければ議論がまとまるわけもなく、質が伴っているならそもそも人数は必要ありません。
往々にして役員の増は経営者の怠慢や責任転嫁によって起こります。トーカロがそうである、とは言えませんが、現状を見ている限り逆にそうでないという理由も見当たりません。役員報酬の決め方も目標値が変わってますし。。
私はコーポレートガバナンスというのはかなり重要な要素だと思っています。
特に特定の株主がいない場合、株主利益と経営陣の利益が一致せず、よほどのことが無い限り経営陣の行動を抑止できる存在がいません。逆に言えば、そこで経営陣がどんな行動をとるかで、その性質が見えるのだと思います。
その点、少なくともトーカロの有価証券報告書から見る限りでは、あまり良くないように見えます。
本記事は有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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