企業分析アナトールの株式投資

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【4021】日産化学~有価証券報告書の読み方~

結論

古き良きレジェンド企業。ただ、現状の体質に疑問アリ。目標指標こそ設定しているが、形骸化している感が強い。

 

目次

 

前置き

日産化学は元々調査予定でしたが、読者様よりご要望頂きましたので、前倒しで分析します。

 

事業概要

まずは日産化学の事業についてです。

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無難というか平凡というか、あまり知られていない化学会社の典型といった印象の書き方です。正直これだけでは会社について良く分からないので、何か情報無いかな、と沿革を見てみます。

そしたら創業者の中に歴史上の偉人が出てきて驚きました。

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ちなみに渋沢栄一の著書「論語と算盤」(現代語訳版)を大学時に読んで以来、渋沢栄一に憧れている私は、ちょっとアガりました。

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

 

丁度昨年度が150期だったのですね。。

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合併したり譲渡したりと様々な変遷をしているものの、一応会社の系譜として東京人造肥料会社にたどり着けるという事は、企業の中核部分は150年間続いていることになります。

 

私は名前を知らなくて日産自動車の系列かな、くらいの認識でしたが、普通にレジェンド企業じゃないですか。。不明をお詫びします、大変失礼しました。

 

セグメントの状況

セグメントの状況を見てみます。

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化学品事業:343.4億円(13.2%、利益率4.0%)

機能性材料事業:654.6億円(25.1%、利益率26.5%)

農業化学品事業:640.4億円(24.5%、利益率30.1%)

医薬品事業:69.6億円(2.7%、利益率13.5%)

卸売事業:679.1億円(26.0%、利益率3.1%)

その他の事業:223.9億円(8.5%、利益率3.1%)

 

セグメント別で見ると、不採算事業と採算事業が相当ハッキリしてます。同社の付加価値はほとんど機能性材料事業と農業化学品事業で稼いでおり、他の事業は辛うじて黒字を守っている程度です。

セグメント別の数値にはセグメント間の売上(連結上は相殺される)も含まれていますから、実体としてはさらに利益は薄まり、外部に対してだけで見ると赤字になる可能性もあります。

個人的には、こういった付加価値を生む事のできない事業をいつまでも続けるのは、投資家にとっても、事業に関わって働く人にとっても不幸ですから、マネジメントは事業の切り離し、もしくは事業内容のアウトソーシングといった施策をきちんと検討してもらいたいな、という気がします。

 

参考コラム:起業と経営

折角なので、日産化学の創業者の一人である、渋沢栄一の事業観に触れます。

私はどんな事業を起こすにあたっても、またどんな事業に関係する時でも、利益本位には考えない。この事業こそは起こさねばならない、この事業こそは盛んにしなければならないと決めれば、これを起こしこれに関与し、あるいはその株式を所有することにする。私はいつでも事業に対するときには、まず道義上から起こすべき事業であるか盛んにすべき事業であるかどうかを考え、損得は二の次に考えている。

論語の読み方」渋沢栄一より抜粋

渋沢栄一論語の読み方

渋沢栄一論語の読み方

 

渋沢栄一は道徳(論語)と商売(算盤)は事業の両輪でなければならず、いずれが欠けてもいけないと説いた人です。

渋沢栄一の生きた幕末の時代は、まだ江戸幕府の定めた士農工商という身分制度があり、 商人は卑しい身分と見なされていました。そもそも当時の日本では金のために動く人間は卑しく、だから商人は卑しい、という価値観がありました。渋沢栄一は豪商の家に生まれたため、その身分による差別を受けた経験があったものと推測されます。

一方で、同時期の欧米では既にそうしたビジネスを軽視する価値観は薄れ、商業を含む実業を発展させる事こそが国を繁栄させる方法である、という現代的な考え方が定着していました。

偶然渡欧の機会に恵まれ、その現実を目の当たりにした渋沢栄一はこれに衝撃を受け、この価値観を明治維新によって生まれ変わったばかりの日本に根付かせるために奔走しました。

その中で書かれたのが「論語と算盤」であり、彼はその中に起業に関する心構えとして前述のような哲学を残しています。

 

「損得を関係なく」という部分だけを読むと、なんとも私の「利回りの低い事業はリストラすべき」という意見が目先の利得を欲しがるだけの小人の薄っぺらい意見にも聞こえますが、渋沢栄一は同時にこうも書いています。

資本を集めるからには、事業から利益があがるようにしなければならないから、もとより利益を度外視する事は許されない

当時は利益ばかりを求める商人が多かったため、専ら渋沢栄一の著述は「論語」寄りの話が多いため、逆に利益についての視点が軽視されがちですが、元々渋沢栄一は「論語と算盤」の両方を重視する事を説いています。

論語だけではただの慈善事業であり、ろくな利回りが確保できないのでは株主に対して不誠実ですし、算盤だけでも金儲けだけが目的の事業になってしまいます。

金儲けだけの会社はそもそも存続しないと渋沢栄一は説いていますが、一方で目的の尊さに胡坐をかき、利益率が低いことに何ら対策を打たない企業もまた、渋沢栄一の意思に反するのではないかと思います。

 

 

 

業績推移

経常利益率の推移は16.7%⇒17.6%⇒18.7%⇒19.1%⇒19.3% 

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これだけ歴史の古く、これだけの売上規模で、この利益率というのは脅威です。

先ほどのセグメント別を見る限り、複数の不採算事業を抱えてこの業績ですから、是非とも、適切な理念に基づいた事業整理を行い、より高いレベルの企業を目指してほしいです。そして正しい信念に基づいた経営判断ができれば、企業は100年、200年経っても色あせないということを世界に示してほしいです。

 

もっとも、そのためにはまず理念を明確にする必要がある気がします。

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ちょっと方針が抽象的過ぎるかな、と。

どんな企業にも当てはまる方針で、「日産化学」が目指すべき未来が見えません。

 

 

 

経営方針

同社は重視する財務指標としてROE売上高営業利益率を挙げています。

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指標としては良い指標を選択しており、中期経営計画においては具体的に指標を設定しています。

きちんと経営者の分析フォローを実施しています。

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ただ、営業利益率を重点課題とするのであれば、低すぎる利益率のセグメントをどうするのか、施策を検討してしかるべきです。

しかし各セグメントの分析では、低い利益率について触れている記述は見当たりませんでした。低利益率に慣れてしまって、問題視すらされていないとすれば、今後も改善策が打たれる事はないでしょう。

 

 

 

キャッシュフロー

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キャッシュフローは安定しており問題ないと思います。

化学系企業であればおそらく工場などを持っているでしょうから、投資活動キャッシュフローがそこそこあるのも納得です。それに応じた営業キャッシュフローが十分あります。

 

 

 

B/S(貸借対照表

資産の確認です。

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現預金は306.4億円(12.3%)と、総資産に対しては結構薄いです。キャッシュフローを見る限りではきっちり稼げている印象ですから、現預金が薄いというより他のリスク資産が多い気がします。

売掛金受取手形が725.1億円(29.1%)と資産の中の割合としては多めで、滞留日数は128日と、4か月ほど滞留しているようです。明らかにおかしくはないですが、ちょっと多いかな、という印象です。

棚卸資産も438.7億円(17.6%)と結構あります。売掛金よりは金額が少ないですから、滞留日数はそれほどでもないので、とりあえずはスルーで良いかと思います。

有形固定資産が515.8億円(20.7%)あります。単独の工場の評価額としてはそれほど多くないです。

ここまでで、売上債権、棚卸資産、有形固定資産とリスク資産3種が大きいです。合わせると、資産の67.3%を占めています。普通はこれだけ資産が固定されていると資金繰りがキツくなり、借入に頼らざるを得ないのですが、日産化学は歴史が古いので、純資産の蓄積で乗り越えている気がします。

投資有価証券も308.7億円(12.4%)あります。

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結構株式が多いですから、かなりアクティブな投資をしています。相当利益が出ている所を見ると、ずいぶん昔から投資しているようです。おそらく「持ち合い株式」ではないかと。

昔からある企業は、いわゆる「株式持ち合い」をしている事があり、その名残ではないかな、と思います。

株式持ち合いというのは、お互いの企業で株式を持ち合って、安定した経営ができるようにする、というのが狙いなのですが、この施策は資本効率を低下させるのと、会社が買収されるリスクがなくなり、経営者が低利益率で安穏とするリスクが高くなるため、私の体質分析から見るとマイナス評価です。

 

負債、純資産を見てみます。

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有利子負債は245.9億円(9.9%)もありますね。歴史が長いから純資産の蓄積でどうにかリスク資産が多い分を賄っているのかと思いきや、足が出ているようです。

個人的には、資本効率を測るROEを重視しているのであれば、リスク資産を圧縮するなり、持ち合いの投資有価証券を売却するなりして、さっさと有利子負債を完済し、自社株買いしてさらにROEを向上させるべきかと思います。

今の状況は、「資本効率を重視する」という看板に偽りアリだと思います。

純資産は185.5憶円(74.4%)と手厚いですが、150年の歴史を鑑みれば、それくらいはあって普通かな、という気がします。現マネジメントの功績という感じはしません。

 

 

 

従業員の状況

従業員の状況を見ると勤続年数が長く、給料が良いです。

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会社として業績も好調で純資産も厚いので、社員の方がこれだけもらうのに異存はないんですが、つまり低付加価値率のセグメントの人もそれなりに貰っているということですよね。。 それもなんだかな、という気がします。

少なくとも一般的な感覚から見て、自分たちは十分な水準を貰っているのですから、社員の方々や、マネジメント層は自分たちばかりが良い目を見るのではなく、会社全体として適切な意思決定をして資本効率の改善、利益率の向上を目指してほしいものです。

 

 

 

まとめ

憧れの渋沢栄一の関与した会社という事で、体質良好で150年の歴史は伊達じゃない、という評価がしたかったのですが、少なくとも現状の体質はあまり評価できません。

売上高営業利益率を重視するのであれば、低利益率のセグメントをテコ入れし、いつまでに成果を出せなければ事業売却、もしくはアウトソーシングに切り替えるなど、営業利益率の向上に向けた期限付きの施策を打つべきです。

セグメントの業績分析中では新商品の話などが出ていましたが、重要なのは投入する商品名ではなく、その施策が一体どういった結果(財務数値)を目指しており、それが実現できなかった場合どうするのか、という事です。

それこそが経営者が考えるべき仕事で、それが書かれていないというのは、その課題について無策であると判断されても仕方ないと思います。

ROEを重視するのであれば、先ずは資産の多くを占めるリスク資産の割合を減らし、キャッシュを充実させ、いつでも自社株買いができる体制を整えるべきです。少なくとも資本効率上無駄な持ち合い分の投資有価証券も現金に変え、借金を早々に返済するくらいはできる筈です。

古くからある企業は様々なしがらみも多く、以前からの体質も変えるのは難しいのでしょうが、だから仕方ないで済ませるならば経営者など不要です。経営者は下から集まった情報をまとめるだけの人ではありません。会社の現状とあるべき姿を正しく認識し、そこに至るための道を正しく示すべき人です。

特に日産化学の場合、元々が高い給与を払いつつ十分に付加価値を生んでいる「力のある企業」なわけですから、後は経営者の手腕次第で爆発的に偉大な企業になる可能性は高いです。

 

本記事は有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。

 

企業分析リンク

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