結論
経営判断などは合理的に行われているように思える一方、創業家世襲の気配あり。同族経営は撤廃して異族経営にシフトしてもらいたいと思う。あと目標をもっと高くもってほしい。
目次
事業概要
まずはエーザイの事業についてです。
エーザイの事業は医薬品事業とその他事業です。
その他事業といっても、新規事業や副業のようなものではなく、物流や業務サービスですから実質医薬品事業の単一セグメントと見てしまっても良いと思います。
それと、当年度から医療用医薬品、一般用医薬品にセグメントを分けているようです。
一般用医薬品とは肌あれ、ニキビ、口内炎に効くのチョコラBBグループのようです。
製品(グローバル主力品) | 事業活動 | エーザイ株式会社
セグメントは経営者が事業をどんな見方をしているのかを示すものですから、これが妥当な形に細分化されるのは良い傾向です。一般用医薬品と医療用医薬品では販売チャネルも目指すべき場所も違っていると思われますので、この細分化は悪くないです。
セグメントを見てみます。
セグメントの状況
エーザイは医薬品事業とその他事業ですが、の二つのセグメントがあります。
医薬品事業は地域別と一般用医薬品等に分けられています。
状況の変化に気づきやすく、意思決定もしやすそうなスマートな分類です。
日本:2,471.3億円(35.5%、利益率38.1%)
アメリカス:1,279.3億円(18.4%、利益率46.9%)
中国:770.0億円(11.1%、利益率42.6%)
EMEA:536.5億円(7.7%、利益率42.9%)
アジア・ラテンアメリカ:466.4億円(6.7%、利益率34.2%)
一般用医薬品等:249.0億円(3.6%、利益率18.3%)
その他事業:1,183.6億円(17.0%、利益率91.7%)
一件凄い利益率ですけど、これには製薬会社の最大の支出である研究開発費が配分されていないので、粗利の数値と考えた方が良いです。製薬会社の原価率はどこも凄く低いのでこれくらいでも特別凄いわけではないです。
あと、その他事業は関係会社の一覧を見た時、物流とか業務サービスとかそんなに利益率の高く無さそうな事業だったのに91.7%と異常な利益率です。おかしいと思って下の説明を見ると、ライセンス収入と原料などにかかる事業もここに集約しているそうです。ライセンス収入は一度契約を結んでしまえば入ってくるだけですから、この利益率も納得です。他の事業の損益は圧倒的な利益に埋もれてしまっているのかと。
しかしこうして見ただけでも今回セグメントを分けた一般用医薬品等の利益率は他と比べると低いです。
今回からこの部分だけを切り出しているというのは、経営陣がこの部門をテコ入れするか、部分的に売却するなど、何らかの意思決定を検討しているものと思われます。
どういった方針なのか推測していこうと思います。
材料となりそうなのが、注記4の2019年4月にジェネリック医薬品の販売子会社を売却しているという記述です。
この売却詳細を見てみます。
戦略的提携とは何ぞや、と確認します。
ジェネリック医薬品で最大シェアを持つ日医工に、エーザイグループのジェネリック医薬品子会社のエルメッドエーザイを売却する事で、日医工のジェネリックでのシェアを拡大させ、エーザイは事業領域を先鋭化させる狙いかと。
つまり、エーザイは今、自社の事業領域を整理して中心事業に注力する体制を整えているのではないかと推測されます。
今回のセグメントの分離がその一環と仮定すれば、一般用医薬品はエーザイグループの目指す所とは少し違う気がするので、売却の可能性が高いのではないかな、と。
ビジネス戦略上、事業領域を絞るというのは難しい経営判断ではあるものの、実現さえすれば非常に有効な手段です。まして、ジェネリック医薬品や一般用医薬品は事業の性質上、利益率が低くなりがちですから、それを除こうとする経営陣の方針はかなり好印象です。
製薬会社のお約束として、研究開発を見てみます。
これだけ読んでもはっきりとは分かりません。
HPを見てみると重点領域は「神経領域」と「がん領域」のようです。
知ってほしいエーザイの企業活動(Eisai at a Glance) | 会社情報 | エーザイ株式会社
いよいよ「お肌の」チョコラBBとは縁遠い重点領域ですね。
どこかに事業売却するのは妥当な判断かと思います。
業績推移
利益率の推移は9.5%⇒11.0%⇒12.9%⇒13.4%→18.0%
もともとそんなに利益率は良くなかったのですが、2020年3月期で急激に良くなっています。理由を確認します。
一番大きいのは粗利率の向上です。
71.3%⇒74.7%で3.4%増えてます。
売上が伸びたのに売上原価が下がってるのはちょっと変わった動きなので、前年対比でセグメント別にさらに掘ってみます。
日本はエルメッドエーザイを売却した事で、売上高は減ってますが、利益率ベースでは上げてます(36.2%⇒38.1%)。しかし、やはり一番影響があるのは、利益率が高いロイヤリティが多くを占めるその他事業が前期比153.2%で増えたことです。利益率90%のセグメントが伸びれば全社の利益率は増えます。
注記によれば米メルクとの抗がん剤のマイルストン分の影響が大きいようです。
経営方針
経営指標としては中期経営計画の指標を達成する事とあり、それは売上収益、営業利益、当期利益の絶対評価とROEと、若干目標が浅い印象です。
しかし、ずっと読み進めていくと、以下のような事が書いてあります。
ROEを売上収益利益率、財務レバレッジ、総資産回転率に分解して個別に管理しているようで、思ったより深い分析をしてます。一方で投資家への還元方針にDOEの目標値も定めている点も印象が良いです。仕組みとして良くできている方だと思います。
ただ、ROEの目標が10%以上というのはそもそも低いんじゃないかな、と。
既に達成できていますし、10%というのは決して高くないです。
理由は結局、ROEを構成する3要素のうち売上高利益率があまり高く無い事に起因しているのかな、と。売上に対して開発費が大きすぎるのかもしれません。
製薬というビジネスは開発が成功すれば大きいですが、失敗のリスクの高いビジネスでもあります。投資家からすればそれに見合うだけのリターンが欲しいことろですが、10%という数値はちょっと心もとないです。
実現できないまでも、20%くらいは目標に据えて欲しい所です。
キャッシュフロー
実にキャッシュリッチ・・・資金繰りに一切困りそうにないキャッシュインです。
とはいえ、3年前の投資キャッシュフローが凸凹しているのは気になるのでチェックです。
3か月超預金の払い戻しですね。
かなり細かな資金運用をしている印象です。。
あと、財務活動によるキャッシュフローがやたら多い。。
還元が多いのかと思いきや、借入金の返済です。
あれだけのフリーキャッシュフローがあっても借り入れるなど、何に使ったのか。。有価証券報告書で財務諸表を遡れる6年前には既に借入があるので、使用したのはさらに以前です。
沿革で見てみます。
推測ですが、多分この辺りではないかと。
2008年にMGIファーマを39億ドルの現金で買収してます。
エーザイ 米国バイオファーマMGIファーマを買収 | ニュースリリース:2007年 | エーザイ株式会社
MGIファーマは現在の重点項目であるガン領域の会社で、がん分野を強化するための買収のようです。時期としてリーマンショックの直前ですから、返済が現在までかかってしまっているのかもしれません。
いずれにせよ、買収後もキャッシュは順調に入ってきており、返済もできていますし、癌領域は今でも重点項目で一貫しています。
これは質的に悪くない買収だったのではないかと。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び預金が2,542.4億円(23.9%)と、製薬会社にしては少ない印象です。借入金の返済に回しているのと、買収時ののれんや無形固定資産が残っている事で、資産の中での割合が低くなっているものと思われます。
のれんと無形固定資産の内訳は以下。
これ以上細かい数値が無いので推測になりますが、のれん以外はそれほどリスクの高い資産では無さそうです。ある程度根拠のありそうな名前です。
1,686.8億円(15.9%)ののれん爆弾は最新の営業利益の1.34倍、昔の営業利益なら3.25倍と決して侮れない規模です。1年以上の利益を消し飛ばすのれん爆弾が破裂するのは怖いです。
売上債権は1,800.2億円(16.9%)で滞留日数は94日と3カ月分ですから問題は無い印象です。
有形固定資産は1,446.4億円(13.6%)です。
内訳を見てみますが、研究所や工場と、製薬会社の普通の設備投資かな、と。特に気づくことはありません。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債899.4億円ありますね。。MGIファーマの買収にかかった借入金を少しづつ返済しているのかな、と。レバレッジを利かせてROEを引き上げる戦略という可能性もない事はないですが、目標としている10%は既に達成されているため、借入金の返済を止めてまでROEを引き上げる事はないだろうな、と。
おそらく遠からず完済されるものと思われます。(新たな買収をしなければ)
純資産は7,026.3億円(66.2%)とのれんが減損してもまかなえる水準です。フリーキャッシュフローが潤沢なので、資金繰りなどに困る事はないでしょうから十分すぎる水準かと。
従業員の状況、役員報酬
勤続年数も長く、給与も良いです。この従業員数で平均給与が一千万円超えってあまり知らないですね。素晴らしいです。
一方、役員はどうかと言うと・・・
さすがに億越えの役員が結構います。
一般従業員の給与が1000万円超えの会社ですから、従業員との給与バランスを考えればそれほど違和感は無いです。代表執行役CEOの内藤氏より執行役のリン・クレイマー氏の方がトータルで報酬が多いというのも、報酬がきちんとしたルールに則って設定されている証かと思います。
ただ、報酬額を考慮すると、目標ROEが10%という点はちょっと頂けないな、と。
製薬会社の豊富なキャッシュで自己株買いを駆使すればまだ全然いけるんじゃないかな、と思います。
あと、役員の顔ぶれで気になったのはCEOの内藤氏の親族です。
執行役員のアイヴァン・チャン氏はCEOの内藤晴夫氏の長女の配偶者、内藤景介氏は長男です。内藤晴夫氏自身もエーザイ創業者から3代目に当たる経営者のようです。
晴夫氏の長男の内藤景介氏は2013年入社かつ、まだ30歳そこそこでありながら執行役員を任されている点を見ると、明らかに将来のトップの後任として優遇されているように見受けられます。正直、報酬の決め方などはかなりフェアな印象でしたし、ガバナンスは問題なく機能しているようにも思いますが、ここで血縁による事業継承をしようとしている点は頂けないな、と。
当ブログでは、上場企業において親族を後継者(もしくは候補)とする、という姿勢は大きなマイナス評価としてます。上場企業は一般投資家が出資している社会の公器ですから、上場企業のトップは投資家の資金を最も効率的に運用する事のできる執行者であるべきです。そこに血縁の情を絡めるのは後継者の能力的な問題もさることながら、会社で働く社員の士気や企業体質にも関わります。
創業家の晴夫氏は株を64万株ほど持っているとはいえ、決定権を掌握するほどの大株主ではありません。
そうなると、意思決定権も無いのに、血縁による世襲が行われようとしているとすれば、会社としてのチェック機能が正しく働いているのか、懸念されます。
株主還元
株主還元に関しては以下。
DOEを基準にしているのは、悪くない方針です。
(利益に対して何%、として無駄に自己資本を膨らませる会社よりよほど良い)
ただ、ROEを指標にしている割に自社株買いについては言及しないのはどういう事なのかな、と思います。勿論株価によっては自社株買いするよりも配当による還元が効率的というケースもあるでしょうが、そもそも方針として検討する旨の言葉も入っていないのは、片手落ち感があります。
もう一声、という印象です。
まとめ
優良と言えば優良な会社さんですし、従業員の平均給与のように目を見張る部分もあります。入社するには良いかもしれません。
ただ投資家としての視点から立つと、事業が抱えるリスクに対して、マネジメントが掲げる利益率の目標があまり高く無い事、トップが創業家の世襲である点など、マネジメントの体制に結構根深い課題があるのかな、と思います。
有価証券報告書を読む限りでは、経営判断や役員報酬の決定ルールなど、ずいぶん整理されている印象ですし、事業が製薬という当たれば大きく伸びる業種ですから、将来的にどうなるかは分かりませんが、当ブログの方針からすると、ちょっと敬遠したい会社かな、と思いました。
本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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