結論
買収によって健全な成長ができる稀有な事例となるか、それとも変化に耐えきれず砕け散るか。前者であれば、経営の一般論を覆す興味深い事例と思われる。
目次
前置き
テルモは少し先の調査予定でしたが、読者様にリクエストされたため前倒し分析します。
事業概要
まずはテルモの事業についてです。
テルモの事業内容は医療器具や医薬品類の販売です。一般的に薬や医療器具は業界である程度の地位を確立してしまえば、かなり財務的にも手堅い業種です。
売先が医療機関という優良顧客であり、貸倒リスクが低く、金払いが良い点。
製品の安全性検証に時間がかかり、劇的なイノベーションが起こりにくい点。
景気変動リスクが少ないため在庫リスクが低い点。
しかしそれだけに同業他社も多く、全体として企業のレベルも高い印象があります。
給料も良いので、人材もそれなりの人が集まっている印象。
一応一つ一つポイントをチェックしていきますが、業界平均として質が高い分、あまり指摘事項は無いかもです。
セグメントの状況
テルモはセグメントを以下の3つに分類してます。
心臓血管カンパニー:3,505.5億円(55.8%、利益率24.8%)
ホスピタルカンパニー:1,709.6億円(27.2%、利益率14.8%)
血液・細胞テクノロジーカンパニー:1,071.6億円(17.0%、利益率14.0%)
平均して高いですが、最も割合の多い心臓血管カンパニーが特に高いです。
血液・細胞テクノロジーカンパニーは事業内容のところには赤十字社がお得意様の旨が書かれていましたから、需要は安定しているんでしょうが利益率はそれほど高くないのかな、と。
公的機関向けのサービスって、凄くおいしいイメージがありますけど、実はかなり福祉的な意味合いが大きくてあまり利益にならないケースもあります。私のいる会社のやっている公共機関向けの製品なんかも、良くてトントン、悪いと赤字と聞いたことがあります。
地域別売上
ん・・・とこれを見た時にちょっと違和感があります。
普通、事業というものは一つの国から海外進出をして少しづつ裾野を広げていくため、どの事業もセグメントごとの売上比率はそこまでズレない筈です。しかし、明らかにホスピタルカンパニーは日本に偏り、他の事業は欧米に偏ってます。
普通に事業を拡大していった場合こういう動きはあまりありません。
買収やら合併によって継ぎ接ぎされた結果、こういう結果になるのではないかと。
確認のため沿革を見てみます。
買収ばっかりやないかい。
2000年頃を境に急激に買収が増えてます。
ざっと見た感じでは一貫して血液に関わる買収をしているようで、事業領域を絞り込んでいるというのは、買収のスタンスとしては悪くないです。セグメント別の利益率が高い事がそれを裏付けているかと。
ただ、買収額の高くなりがちな医療関係企業をこれだけの買収を繰り返しているとなると、のれん爆弾が酷い事になっていそうです。B/Sのチェック時に見ていきましょう。
業績推移
利益率の推移は14.6%⇒18.1%⇒17.1%⇒16.9%
売上の半分を占める心臓血管カンパニーが20%オーバーの利益率ですから、高めの利益率です。ただ、現在はIFRS基準ですからのれんの償却が無い状態ですから、この数値を鵜呑みにしない方がいいと思います。
スタンスとしてずっと買収を続けてきた以上、今後も買収を続ける可能性が高いです。のれん償却を差し引いた額が実力ベースの利益と思った方が良いかと。
経営方針
経営指標はほとんど絶対評価です。
このスタンスはちょっと怖いです。
売上収益と営業利益、EPSはいずれも絶対評価で、買収を続けることで形の上では増やしていけてしまう数値です。しかも買収に伴い生じた無形資産償却は除くという指針。あからさまに買収によって成長していこうとする会社の雰囲気を感じます。
効率性としてROEが辛うじて入ってますが、利益にのれん償却が含まれない以上、ROEですら非効率な買収の抑止力にはなり得ません。
このスタンスを取り続けた場合、いずれのれん減損となった時に一気にツケを払う羽目になるのではないかと。
キャッシュフロー
あれだけ買収を繰り返しているのにフリーキャッシュフローが3年黒字というのは凄いです。。流石は医療関係というか・・・キャッシュインが豊富なんですね。。
子会社の取得をしていますが、営業キャッシュフローで賄える水準に収まってます。
全ての買収がこれくらいの買収規模であればクリティカルな影響にはなりませんが・・・果たして。。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び預金が1,668.4億円(13.4%)と資産総額に対してかなり少なめです。
営業債権の金額は1,317.3億円(10.6%)で滞留は76日ほどです。問題ない水準かと。
棚卸資産が1,471.5億円(11.9%)で回収期間が188日。結構在庫は多い印象です。
たしか以前分析した製薬会社も生産のリードタイムが長いせいで7、8か月分溜まってました。医療系は在庫がたまりやすいのかな、と。
もっとも、医療という性質的に「売れなくなる」という可能性が少ないですから、それほど心配はいらないかと。
有形固定資産2,644.1億円(21.3%)と製造業にしては控えめです。設備の明細を見てみます。
やはり工場が結構多いです。
しかし、これだけ工場が多い割に総資産に対する有形固定資産の割合は21.3%と低めです。これは有形固定資産が少ないというより、他の資産が多いのが理由ではないかと。
すなわち、のれん及び無形固定資産が4,615.1億円(37.2%)である事が大きいのではないかと。内訳は下記です。
買収によって生まれるリスク性資産は主にのれん、顧客関連資産、技術資産の3つと考えられ、合計額は3,771.8億円です。
テルモは税引前利益が1,000億円前後の会社ですから、全て減損すれば3年以上の利益が吹き飛ぶ計算。もし日本基準で5年償却処理していた場合、利益率は半減します。しかし、現在のPLや経営陣の業績評価上は、このリスクが無いものかのように扱われている。。保守的スタンスの私に言わせると良くないな、と。
いずれは何らかの形で爆発するものなのですから、ガス抜き(減損)していかないと、経理的知識の無い株主は勿論、当の経営者も業績をミスリードする人が出てくる気がします。
ただ、沿革の買収件数の割に、思ったほど深刻ではないように思いました。キャッシュフローが安定した業界である点や、買収先の事業領域を絞っている点が奏功しているのではないかと思います。
負債、純資産を見てみます。
借入金は2,461.9億円(19.8%)で結構借りてますね。元々、フリーキャッシュフローは十分なビジネスですから、運転資金には困らない筈です。おそらくは買収資金として借りたのだと思いますが、レバレッジをかけてまで買収をするというのは、かなりチャレンジングです。資本効率は上がるでしょうが、当然リスクも増えます。
よほど自社のビジネスに自信を持っているか、そもそもリスクを意識していないか。。
純資産は7,548.8億円(60.8%)で20%ほど借入をしている割に手厚い印象です。しかし資産内容はのれんや有形固定資産、棚卸資産といったリスク性資産の割合が高いため、決して油断できるレベルではありません。盤石、と言うには見えない部分が多い印象です。
従業員の状況、役員報酬
給与も勤続年数も高いです。
医療品とはいえ製造業ですから、これだけの人数が居れば当然現場作業員の方も多いでしょう。それを考慮した上でこの従業員数に対して749.4万円は中々だと思います。
労組もあり、勤続年数が長い事から、環境としては悪くない印象です。
一方、役員はどうかと言うと・・・
1人当たり8-9千万円ほどです。
会長と社長の報酬は億越えですが、後見職的な会長の報酬より、実務を担当している社長の方が高いのは好印象です。役割に対してある程度フェアな配分になっている印象です。
絶対値としてはそれなりに高いですが、テルモの規模や利益額を考えるにそれほど法外というわけではないと思います。
一応基本的な考え方をチェック。
まあそんなにおかしなことは書かれていないかな、と。
ただ、業績評価の基準となるのは「計画値」との比較なのですね。。それだと計画値とかって自分で設定するわけですから、いかようにもできて、本当に成果と呼べるのか謎です。こういう時は例えばROEとか営業利益率とか、質的指標で評価した方がフェアではないかな、と。
株主還元
株主還元に関しては以下。
う~む・・・という感じです。
配当性向30%という目標は決して高くはありませんし、自社株買いについても言及していません。やはり株主還元よりも拡大のためにバンバンお金を使う、という方針なのかな、と。
まとめ
買収で拡大志向の会社、という印象です。ただ、買収を頻繁にやる企業にしては珍しく、買収対象の事業領域は限定されており、買収の質自体は悪く無い印象です。
基本的に当ブログは買収による拡大を志向する経営者はあまり信用しません。どんなビジネスでも予期せぬ波があるものです。それに対応するため、常に万一の時のために資本を充実させ、資産を低リスクに保つのが優れた経営者です。
テルモの方針などを読んでいる印象では、そういった意識が薄いように見えます。
ただ、テルモの場合、事業自体のキャッシュフローが潤沢で、景気の影響をそれほど受けない印象なので、財務上で多少の無理をしてもどうにかなってしまう気がします。むしろ、レバレッジをかけることで資本効率も良化されている。
もしそれを読み切った上でやっているのだとしたら、逆にギリギリまでリスクを取って資本効率を高めている優秀な経営陣という事になります。
先に書いた通り買収を肯定する会社の体質には基本的に懐疑的なのですが、事業領域を限定しており、それを以下のような方針に落とし込んでいる点を見ると、買収で成功する稀有な事例になり得るのかも、と少し期待されます。
今後どうなるのか興味深いです。
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