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【6036】KeePer技研~有価証券報告書の読み方~

結論

事業への情熱を感じる内容。しかし熱量だけでなく、経営戦略を検討しなければ推進力が分散する可能性もある。求められるのは冷静と情熱の間。

 

目次

 

事業概要

まずはKeePer技研の事業についてです。

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KeePer技研の事業はカーコーティングに関する製品開発・製造、販売のようです。

まずこの事業説明を読んだときに感じるのは事業に対する情熱です。

今やっている事業が始まった背景や会社として目指す先がはっきりと語られてます。

KeePer技研が目指すのは「日本独特の洗車文化」すなわち文化の醸成です。

個人的にはこれはかなり的を射た指針だと思います。

 

これは持論ですが、時代の変化によって儲かる事業は変遷してきました。

①狩猟採集時代から農業時代:食料の生産者、地主

②工業時代:工場主などの資本家

③情報時代:多国籍企業、IT(Information Technology)企業

それぞれの時代の移行には象徴的な出来事がありました。

①⇒②:産業革命

②⇒③:多国籍企業の登場、電話・ラジオの発明

で、現代は何の時代かというと、「文化」の時代だと思うのです。

契機となったのはインターネットの登場です。

情報をいち早く、正しく掴んだ者が勝者となった情報時代は、あらゆる情報を迅速に入手できるインターネットの登場によって終わりを告げたように思います。現代では最低限のネットリテラシーがあれば、誰でも同じ情報を得る事ができるようになり、単に情報を持っているだけで利益を得るのはかなり難しくなってきます。

では、現代でどんな会社が高い付加価値をあげているのかと考えてみると、どれだけ新しい価値観を顧客に与えられるかが焦点になってきていると思います。

高付加価値の代名詞であるi-Phoneやヴィトンのバックを買う人々は一体何にお金を払っているのか。それは突き詰めて考えていくと、創業者の情熱、信念、哲学といったものを起点に企業が作り出す製品やサービスの雰囲気、すなわち「文化」そのものなのではないかと。

これからの時代、本当の意味で稼げるビジネスの核には、小手先の方法論ではなく、万人受けせずとも一部から熱狂的に支持されるような情熱やこだわりのようなものが不可欠であると思います。

 

その点、KeePer技研の理念や文章から伝わる情熱は有望ではないかと。

セグメントの状況

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  • キーパー製品等:50.3億円(55.4%、利益率24.5%)
  • キーパーLABO:40.5億円(44.6%、利益率9.2%)

キーパー製品等は、カーディーラーや中古車販売店、ガソリンスタンドなどのチャネルを通じてカーコーティングを行う事業のようです。

キーパーLABOは「車の美装を提供する店舗」をコンセプトとしてキーパーLABO店舗の運営です。

業績を見ても分かりますが、キーパーLABO事業はかなり難しい商売だと思います。

直営店だと固定資産の投資や人件費などの維持費が嵩みますし、客が来なくなればそれだけで減損です。マーケットリサーチという目的も勿論あるのでしょうが、果たして将来的なリスクをに見合うのかな、他に方法は無いのかな、と。

情報を収集するのであれば、わざわざ直営店を持たずともフランチャイズでも良いし、或いはガソリンスタンドに人員を配置して営業活動をすればよいだけではないかな、と。

事業内容の所でこういう記載があります。

カーアフターマーケットの中心であり一般消費者の来店頻度が最も高い店舗であるガソリンスタンドでは、キーパーコーティングの技術を習得し、店頭でのカーコーティングの販売に力を入れており、カーコーティングの市場を自らの店舗で実現しようとしています。同業界においては、地球温暖化対策=低燃費車の普及等でガソリンなどの燃料油販売数量が漸減しつつあり、移動距離が大幅に減り、更にその傾向が強くなってきております。

そのような厳しい業界環境の中で「自動車を美しくする事業」は、電気自動車時代が到来しても自動車がある限り存在し続ける事業であろうと考えられ、来店頻度の高いガソリンスタンドがその需要を引き受けるもっとも有力かつ便利なチャンネルと考えられます。当社は石油元売り大手企業及びその関連会社等に「キーパープロショップ」として正式に採用いただいております。

ここから読み取れるように、石油元売り大手企業は電気自動車の到来にかなり危機感を覚えている筈です。今後ガソリン車が減り、ガソリンスタンドから収益があがらなくなれば、ガソリンスタンドを大量に保有している会社は一気に減損のリスクがありますから当然です。

となれば、本来KeePer技研はわざわざ自前の店舗など持たなくとも、例えばガソリンスタンドの運営権を石油元売企業に認めさせれば、KeePer技研は固定資産を抱えることなく市場調査兼販売ができ(石油会社から管理フィーを取ってもいいかもしれません)、石油元売企業は重荷であるガソリンスタンドからの売上を増やし、維持費も節約できる。双方にとってWIN-WINに収まる気がします。

キーパーLABO事業はキーパー製品等事業の倍以上の資産規模を持ち、利益率も低い事業になります。資産規模が大きくなれば必要な運転資金は膨らみ不確定要素が増えます。経理的観点からいえば、断固としてリストラを検討したい事案です。

これらのデメリットを補い得る理由があるなら別ですが、数値上だけで見ると、この戦略を維持、推進するのは、マネジメントの能力としてはイマイチな印象です。

一応設備投資をどうしているのかを見てみると。

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やはり設備投資をかなりしていますね。

しかも土地を購入してます。。これは資金繰りを厳しくしますね。。

事業のリスクの所で、同社は方針として土地の購入をしない、ということだったのですが・・・何故今回は買ったのか。。

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規律が緩んだか、方針が変わってきているのであれば、マズい方向に進んでいるように思います。

 

 

 

業績推移

利益率の推移は12.4%⇒14.5%⇒12.2%⇒15.6%⇒15.8% 

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キーパー製品等事業だけであれば20%オーバーは堅そうですが、LABO事業で利益が薄められています。。かなりもったいないと思います。

ビジネスにおいては売り方は非常に重要なポイントで、自前の店舗を構えるのは最も効率が悪い方法の一つです。資金が固定されてしまうため運転資金がかかる上に、維持費(水道光熱費、修繕費、固定資産税、常駐人件費等々)がかかり、しかも立地失敗のリスクも負わなければなりません。よほどのメリットが無ければペイしない売り方、それが店舗販売です。もしマネジメントがその辺りを何も考えずに出店しているとしたら、大きなリスク要因です。

 

 

 

 

財務指標

KeePer技研は少なくとも経営方針の部分に財務指標を記載してません。

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内容は実に熱いです。若い会社っぽい、積極的で夢に満ち溢れた内容。

ただ、数値的にどんな姿に至りたいのか分からない会社は若干危ういと思います。例えば2人のアスリートがいたとします。

  • 練習に明け暮れ、練習が終わるとドカ食いして気絶したように眠る人。
  • 科学的に適切なトレーニング方法を取り、計算された食生活を送る人。

私は他の条件が一緒なら後者が有望だと思います。

会計は企業に関する科学的管理の基本です。そして会計的に言えば、B/Sはまさに企業体質の地図で、固定資産や在庫、売掛金といった資産は、可能な限り小さくできる戦略を採るのがベターです。会計的見地が無い会社は、とかく目先の売上を伸ばす事に熱中し、将来的なリスクを考えなくなる傾向があります。

一応役員の経歴を見てみます。

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内部取締役に経理系の経歴の人がいないんですよね。。

営業系や開発系ばかりのようで、確かに強気な経営になりそうです。

財務指標などが明記されていない点や、自前の店舗を拡大する戦略など、あまり会計的に好ましくない方に進んでいる事を含めて考えると、そうした指摘をしてくれる参謀がいない、もしくは重用されていないのではないかな、と。

 

KeePer技研は無理に経理系の人材を入れなくとも良いので、方針に沿った財務指標の設定や、資産規模を拡大しない戦略の選択など、会計的視点を意識した部分もあると、単に熱いだけで空回りになるリスクが減り、会社の熱量を効率的に推進力に変換できるのではないかな、と。

 

 

 

 

キャッシュフロー

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やはりですね。使える金はガンガン使う、といった強気の雰囲気です。

過去5期中、3期のFCFが赤字で、足りない分は財務CFで賄ってます。

経営陣が営業畑、開発畑の人ばかりだとこういう積極投資になりがちです。順風の時は良いんですが、逆風に時にどうなるかが少々不安です。

 

 

 

B/S(貸借対照表

資産の確認です。

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現金及び預金が18.9億円(22.1%)と大規模工場を持つわけでもない事業内容の割に少な目です。有形固定資産が圧迫しているものと推測されます。

売上債権は7.9億円(9.2%)で滞留期間は33日ほど。一般的な水準より短いですが、店舗販売で現金決済も含まれている事も考えれば妥当ではないかと思います。

有形固定資産は41.5億円(48.6%)とこれでもか、というくらい膨らんでます。

主要な投資を確認します。

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やはりLABOが圧倒的です。

KeePer技研のビジネスの性質上、直接営業する場所が不可欠なのはわかりますが、自前で固定資産を抱える必要は無い気がするんですよね・・・。

ガソリンスタンドとコンサル契約かフランチャイズ契約して、上物(償却の早い機械とか構築物)だけ投資して運営の人員を配置するとか、やりようはありそうな感じがします。自動車業界ってそれだけ既存のインフラは整っているジャンルなので、敢えて新たな店舗を自分で用意する事に合理性があるのか。個人的には疑問です。

しかも新設の計画を見ると、今後もしっかり店舗を拡大する見込みです。

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資産規模の拡大はリスクの拡大、それを指摘できそうな人がいないのは少々怖いです。

 

負債、純資産を見てみます。

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有利子負債は9.9億円(11.6%)とそれなりにあります。ただ、あれだけ投資していてこの程度で済んでいるというのは、過去から着実に純資産を蓄積していったからなのかな、と。

純資産は58.3億円(68.2%)と十分な水準です。

あと、ここで指摘しておきたいのは自己資本利益率の高さ。結構高いです。

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自己資本利益率というのは純利益/純資産という算式で求められますが、より詳細な性質を見ていく時に以下のような分解もできます。

自己資本利益率=①(純利益/売上高)×②(売上高/総資産)÷③(純資産/総資産)

つまり、上記算式から考えると高いROEを達成する方法は以下の3つです。

  1. ①の売上高純利益率を上げる。
  2. ②の総資産回転率を上げる。
  3. ③の自己資本比率を下げる。

これが頭に入っているとROEを見た時、理由がどれに当たるか推測できます。

大抵の場合は①か③なんですが、KeePerについては正直LABO事業のためにそれほど高い利益率ではなく、自己資本比率も比較的高いので③でもない。

となると消去法で②なんだろうな、と推測。

で、この総資産回転率という指標は総資産に対してどれくらい売上が立っているかを示す効率性の指標なんですが、ここで思い出したいのはLABOの事業によって総資産はかなり膨れ上がっていると思われる事。つまり、設備投資を何らかの形で圧縮する事ができれば、KeePer技研潜在的ROEはもっと高い筈、という話です。

そうした観点からも、より力強く質の高い成長を望むのであれば、固定資産に依存する売上の伸びは極力避けた方が良いと思います。

あと、役員退職慰労引当金2.4億円(2.8%)と退職給付引当金2.6億円(3.1%)の金額が近いです。普通は役員より従業員の方が圧倒的に多いのでこんなに近くなる事はないのですが、これだけ近いと給与水準に格差があるのではないかと懸念されます。

従業員の状況で確認します。

 

 

 

従業員の状況、役員報酬

KeePer技研の平均給与は4.3百万円、これは安いですね。

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年齢層が若く、勤続年数が短いのは、ここ数年で大きく人を採用しているからと思われます。以下は従業員の推移です。

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5年前に比べると1.7倍に増えています。

人員の配置はほとんどがLABO事業ですから、利益率が低く資産リスクの高いLABO事業が急成長を遂げている事になります。

若い従業員が大量に入ってきた結果、平均年齢、勤続年数、給与が低くなったのは、仕方ないといえばそれまでですが、将来的に年々の昇給が重荷になるリスクが想定されます。昇給がなければそれはそれでサービスの質的な問題や労基上のリスクも出てきます。

個人的に人員の大量採用は十分な付加価値が将来的に期待できない限りは控えるべきではないかな、と。人はビジネスそのものですから、一気に集めるのは後々のリスクが高くなります。


一方、役員はどうかと言うと・・・

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取締役の一人当たり平均は22.1百万円です。

上場企業の水準から考えて安い水準ではありますが、従業員給与の低さから労使差は結構あります。先の役員慰労引当金と退職給付引当金の差はそこでしょうかね。

 

 

 

大株主の状況

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創業者兼会長の谷氏の会社が20.5%、カーディーラーVTホールディングスが20.01%を握ってますね。特に関連当事者取引も見当たらないので、とりあえず不公正な取引などはなさそうかな、と。

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株主還元

株主還元は中長期的に配当性向を30%にするとのこと。

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あまり良くはないですが、キャッシュフローで見たように使える金は全て投資に使っているような有様なので、配当を確実に出しているだけ誠実と言えます。

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着実に配当性向は上げてますし。

ただ、今みたいな店舗に投資するやり方だと、運転資金がかかって仕方ないですし、何らかの理由で将来的に採算が取れなくなることも考えられます。

固定資産を削減するなり縮小する戦略に切り替え、キャッシュフローを改善すれば、もっと効率的に資金を還元できるのではないかな、と。

 

 

 

まとめ

起業のストーリーや事業内容に関する情熱には胸を熱くするものがあり、とても魅力的な会社だと思います。今はガンガン成長して、勢いに乗っている印象です。

ただ、ビジネス環境というのは刻一刻と変わるものです。現在も続くコロナ禍、景気の後退、産業自体のモデルチェンジ等々、常に予期せぬ事態が起こります。よって、ビジネスのかじ取りを担う経営者には常に攻めと守りのバランスが必要だと思います。

守りとはすなわち、

  • 不足の自体が起きた時のためにキャッシュを潤沢にする事
  • 販売数量が落ちた時のために利益率を向上させておく事
  • 損益分岐点を引き下げるために固定費を下げる事

などがありますが、何より大きいのは

  • B/Sの規模を最小にしておく事

が重要です。

B/Sというのは現金以外のものは基本的にリスクそのものです。減損、評価減、貸倒などなど、経済状況の変化によって巨額な損失に繋がりかねない部分です。

LABO事業の店舗などで言えば、例えばカーシェアリングのような所有から使用への環境変化があった際、わざわざ自分で専門店に持っていく人は減るかもしれません。空飛ぶ自動車の登場で、地を這う自動車のルートは使用されなくなるかもしれません。

なるほど、KeePerの提唱する「大切な愛車を、キレイに長く乗る」ニーズは今後も維持される可能性はありますが、その場所として「店舗」を利用し続けるとは限りません。

ガソリンスタンドというインフラを日本中に展開し、電気自動車の導入でその価値の減損に戦慄している石油元売りと同じ轍を踏むことにならないのか、LABO事業についてはそんな懸念が拭えません。

経営者は経営戦略を選ぶ際には常に守りを意識しておかなければ、容易に将来的な停滞に繋がります。LABO事業は守りの意識を欠いた選択ではないか、と。

 

本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。

 

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