結論
良くも悪くも昔ながらの日本の同族企業という印象。無駄のない経営、高い売上高利益率を維持している部分は好感が持てるが、一方で従業員や株主への還元には消極的な面が見える。創業家の影響力が強いため、今後も方向転換は見込めないかと。
目次
事業概要
まずは日進工具の事業についてです。
日進工具の事業は切削工具「エンドミル」の製造・販売です。
事業の性質が分からないので事業等のリスクを確認します。
(製品やサービスの性質は事業等のリスクを見れば結構書いてあったりします)
ここから読み取れるポイントを抜き出してみます。
- 生産・開発拠点は宮城、福島、新潟で宮城が最も大きい
- 競合メーカーは国内外に多数
- 売上の30%が海外売上高(香港に拠点があり香港ドル建て取引をしてる)
- 特定の仕入先に依存している
- 主原料のタングステンは中国依存、コバルトは需給逼迫
ポイントだけ見ているとかなり厳しいビジネス環境のように思います。
競合は多く明確な差別化ができているのかはここからは読み取れません。
特定の仕入先に依存しているというのも、ビジネス上の弱みです。
逆に言えばこの仕入先は業界を独占している可能性があるわけなので、どこが原料の仕入先なのかも抑えておきたい所です。
重要な契約を見てみると、仕入の方は三菱マテリアルと契約を結んでいるようです。
いずれ三菱マテリアルを分析する際はこういった部分を覚えておきたいです。
後はタングステンとかコバルトとか、いわゆるレアメタルを原料にしているというのも事業上のリスクとしては結構大きいと思います。
レアメタルは色々なものに使用されていますし埋蔵量が少ないという事で、2006年くらいの資源高の時に供給が滞ったり値段が上がったりで散々話題になったかと。
しかもタングステンの場合は埋蔵が中国に偏っているという事もあり、場合によっては中国が国策として囲い込みなどを行うリスクも孕んでいます。
以前、東海カーボンを調べた時、中国の方針変更によって黒鉛電極が急騰し、東海カーボンの業績が大幅に良くなり、逆に黒鉛電極を使用する鉄鋼業が大打撃を受けた事がありました。
タングステンも中国の匙加減で黒鉛電極のように高騰しかねない事は意識しておくべきかと思います。
と、こうして見ていると、元々管理の難しい製造業に加え、競合や原材料、仕入先にも懸念事項があるというのは事業環境としては厳しい方かと思われます。
セグメントの状況
日進工具はほぼ単一事業ですのでセグメント別はありませんが、地域別売上を出してます。
日本:60.2億円(74.3%)
中国:10.4億円(12.8%)
その他:10.4億円(12.8%)
売り先としても中国は多いですし、子会社が香港にあるようなので、チャイナリスクを抱えているのは仕入原料だけではなさそうです。
業績推移
利益率の推移は23.0%⇒28.0%⇒27.6%⇒23.4%⇒21.1%
十分な利益率ですね。
工場を抱える製造業でこんな利益率をキープする会社はあまり見ません。
事業内容で受けた印象と随分イメージが違います。
苦しい事業環境を質の高さで乗り超えて言ってる会社さんなのかもしれません。
財務指標
日進工具の掲げる指標は経常利益率20%以上、ROE10%以上だそうです。
まず目標の設定の仕方として付加価値率と資金効率を具体的な数値を設定して見ているのは良い傾向です。また、売上よりも利益を優先する経営とは望ましい方針ですね。設定した経常利益率20%をキッチリ達成しているのも好印象です。
しかし一方で自己資本利益率が8.2%しか達成してない、というのは若干違和感です。
自己資本利益率はある程度マネジメントによる資本政策によって操作が可能な指標です。利益率があれだけ高いのに8.2%というのは純資産を厚く持ちすぎている印象です。
これは還元に消極的なマネジメントなのかもしれません。いかに利益率が高くとも、経営者に還元する気が少なければ、投資家のパフォーマンスは大きく下がります。のちほど還元方針は見ていくとしても一抹の不安を感じます。
キャッシュフロー
営業キャッシュフローは安定していますが、投資キャッシュフローに波があります。直近2年が特に波があるので内容を確認します。
いずれも大きいのは有形固定資産の取得です。
さらに内容を見ると前年が継続的な生産設備の拡充、新開発センター及び子会社工場の建設。
さらに詳細はさらに前年の予定
例年より多いのは開発センター分への投資が多いんですね。
直近の投資は生産体制の合理化及び機械更新です。
直近の462百万円くらいが生産能力維持に最低限必要なキャッシュアウトで、前年の投資は開発のための一時的なものなのかな、と。
営業CFが+1,800百万円以上を継続していて、投資CFが▲500百万円程度であれば、かなりFCFは余裕がありますね。利益率が高いわけです。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び同等物が76.7億円(45.3%)と工場持ち製造業としてはかなり手厚いです。前年は36.1%ほどですから、これはコロナに備えている一時的な割合かと思われます。
売上債権は13.1億円(7.7%)で滞留日数は59日。これはかなり短めです。製造業にしては短めで問題ないと思います。
在庫は17.6億円(10.4%)、在庫滞留は162日。さすがにここは長いですね。日進工具は事業の内容から見た通り、原材料の希少性、特定の仕入先への依存、生産拠点の集中と、サプライチェーンが滞る3大リスクを抱えていますから、一時的に供給が滞っても問題ないように多少多めに持っているのかな、と。
有形固定資産は54.8億円(32.3%)とそれなりですね。工場、開発センターがあればこれくらいはあるかな、と。内訳を見てみます。
やはり大きいのは仙台工場で簿価ベースで見ればダントツの規模です。
ただおそらく投資額ベースでみれば開発センターも結構同じくらいの規模の投資がありそうです。機械装置が少なく見えますけど、開発用の機械装置は耐用年数が短く早く償却が進むため、簿価ベースでは少なく見えます。土地の敷地面積や建屋の簿価(建屋は開発、生産関係なく同じ構造なら耐用年数は一緒)などを考慮すると、おそらく同じくらいの投資はされているのだろうな、と。
いずれも住所が同じですから、日進工具の主力な開発・生産拠点は宮城県に集中しているわけですね。宮城は東日本大震災で大きな打撃を受けた地域ですから、一極集中のリスクをつい意識してしまいます。ただ、そんな事言い始めたら地震大国日本はどこでもリスキーですからね。
本当の理想は「自前で生産をしない」というファブレス式が会社にとっては最もリスクが少ないわけですが、同社の場合、ところどころに「モノづくり」という言葉が出てきてモノづくりへの拘りを感じますし、工場の人員配置が最も多いので、ファブレスに舵切する可能性は低い気がします。自前で在庫や量産工場持たなくても十分「モノづくり」だと思うんですけど、そういう考え方する会社はあまり見ないですね。。
ともあれ、同社の利益率の高さが示す通り、日進工具は拠点と経営資源を集中する事で無駄をなくしており、質の高い運営がなされているように感じます。
そもそも本社建屋も自前ではなく借りているっぽいので、マネジメントはかなり無駄のない考えをお持ちな気がします。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債はゼロの無借金経営ですね。FCFがずっと黒字ですから方針として借金をしないつもりなのでしょうし、借りる必要も無いかと。
純資産は153.3億円(90.5%)とかなり分厚いですね。実に手堅いです。経常利益率が良い割にROEが8.2%と低いのはこれだけ純資産を蓄積しているためなのでしょうね。。
現預金や在庫、固定資産といった資産を圧縮する方法を考え、還元に回す姿勢が見られなければ、今後も純資産はどんどん蓄積されますから、今後もROEは悪化していく気がします。
従業員の状況、役員報酬
従業員の給与は5.8百万円と悪くはないんですけど、付加価値率の割にそんなに多くないですね。あと、会社の歴史の長さの割に勤続年数が11.7年って短い気がします。
別に従業員が劇的に増えているワケでもないようですし。
あと、2000年代に入って労働組合を作ってしまいますか、という感じ。。
労働組合ってつまりはマネジメントの搾取に対抗するための組織なので、そのままで捉えるなら待遇が悪い事を意味するのかと。労組ができてから13年経って、現状の給与水準や勤続年数をであることを鑑みると、確かにあまり好ましくない状態が続いていたのかな、と。
一方、役員はどうかと言うと・・・
取締役1人当たり平均53.2百万円ほどです。従業員の平均に比べてかなり高いですね。
付加価値率は立派ですがROEが8.2%なのにこの役員報酬というのは正直疑問符です。
大株主の状況
エムワイコーポレーション、ソルプティ、ティ・アイロードは後藤姓の方が代表を務める組織ですから、創業者家の資産管理会社と考えてよいと思います。
http://ke.kabupro.jp/tsp/20130902/140120130902019313.pdf
http://ke.kabupro.jp/tsp/20110824/140120110824005880.pdf
となれば、後藤家の持ち分は34.91%、他の株主に文句を言わせないには十分な水準かな、と。ちなみに後藤家のお二人は社長、副社長でいらっしゃるようです。
生年月日が近いですからご兄弟ですかね。社長である弘治氏が営業担当、副社長の隆司氏が生産・開発担当の二人三脚で、会社を発展させたわけですね。。絵にかいたような一族繫栄譚で憧れます。
ただ、だからこそ不安なのが、ガバナンスの問題。
ここまで見てきた中で従業員と役員の給与格差と製造業としては短い勤続年数と2000年に入ってからの労組への参加。これはマネジメント側の提示する従業員待遇があまり好ましくないことの表れではないかと。そして創業家はそれを断行しても周囲に文句を言わせない環境にあります。これはあまり長期的に考えた時あまり良くないと思います。
いかなる企業であれ、創業家の威光がいつまで続くかは分かりません。松下幸之助(パナソニック)しかり、石橋正二郎(ブリヂストン)しかり、偉大と言われる経営者ほど、従業員への還元と仕組みによる企業の運営への移行する準備を惜しまないもの。
日進工具に果たしてそうした方向性に行けるのか。今のところあまりそういう方向性は感じないかな、と。
株主還元
明確な還元方針はありませんね。
配当性向も「一般的水準は出しているから良いでしょ」といった雰囲気。
利益が出れば出るだけ企業というのはROEが悪化するわけですから、ROEを維持する事を考えるならば、利益に対してではなく、純資産に対して何%を配当とする、といったDOEの考え方を採用する事が重要です。
実際問題、創業家の会社の場合社長が大株主を兼ねており、他に文句を言わせないパワーがある場合、創業家にとっては少数株主への配当金は損以外の何物でもないです。配当を廃止して役員報酬を引き上げた方が、自分たちの取り分は増えますし会社に残るお金は役員である自分たちで自由に使えるわけなので。
なので、少数株主に該当する私たち外部の投資家は、こうした創業家が力を持つ企業については、創業家がどのようなお金を使い方をする人達なのかを十分に見極めた上で投資する必要があります。ここまで見てきた限りでは日進工具は従業員給与や株主還元にはあまり積極的な印象は受けません。
まとめ
良くも悪くも昔ながらの日本企業という印象。無駄のない経営、高い売上高利益率を維持している部分は好感が持てるが、一方で従業員や株主への還元には消極的な面が見える。創業家の影響力が強いため、今後も方向転換は見込めないかと。
本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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