結論
かなり難しい業界かと。キャッシュフローは堅実な印象を受けるが、元々のビジネスの質と合わせて純資産を棄損するリスクは低くないと思う。高機能材の推進は戦略として間違っていないと思うが、今のリスクを補う成果としては十分ではないかと。
目次
前置き
日本冶金工業は調査予定にありませんでしたが、読者様にリクエストされたため分析します。
事業概要
まずは日本冶金工業の事業についてです。
日本冶金工業の事業はステンレス鋼板及びその加工事業です。
具体的な使途はホームページにあります。
比較的専門性の高い設備や部品の素材を供給している印象です。
このブログを始める以前を含めると数百社の事業を分析してきて、何となく思うのが、素材系のビジネスはかなり難しい、という事です。
素材を加工する事業はその多くが重厚長大と呼ばれ、設備投資が多いため資金が大量に必要な割に、最終消費者から遠いので価格訴求力が低い事業です。素材系の最上流である採掘企業は資源価格が上がった際に大儲けできる可能性がありますが、資源を購入して加工しているタイプの素材会社は資源価格が上がると仕入れコストが嵩むのと、顧客のコスト削減要請の板挟みとなり、かなり厳しい利益率になる事が多い印象です。
こうした事業会社が抱えているのは経営努力云々というより、ビジネスのポジショニングの問題で、例えば既存の製品を遥かに上回る品質の製品を作るとか、既存技術を応用してもっと最終消費者に近く、独占的な新規事業(ポジション)を確保できないとじり貧になります。
業界全体が拡大傾向で潤っている半導体業界などは例外として、昔からある素材の加工業者はよほど大きなイノベーションでも起こさない限りは、今後もどんどん苦しくなる展開を覚悟しておいた方が良いと思います。
セグメントの状況
日本冶金工業は単一セグメントですからセグメント別はありません。使途別でどれくらいの売上があるのかくらいは見てみたいんですけどね。。
ただし、地域別売上があるのでチェックしておきます。
- 日本:856.0億円(76.1%)
- 中国:111.0億円(9.9%)
- その他:157.8億円(14.0%)
ほぼ日本ではありますが、中国も多少含まれてます。
多少ですがチャイナリスクも注意しておいた方が良いかと。
業績推移
利益率の推移は2.5%⇒2.8%⇒5.7%⇒4.7%⇒4.4%
付加価値率は相当薄いです。
付加価値率が薄い場合、原材料価格の上昇や景気後退による在庫の評価損などといった環境要因で容易く赤字になります。これはビジネスの性質的な弱みと言えます。
過去五年で売上の伸びに伴い多少利益は伸ばしてますが、それでも若干増えたかな、程度です。2021年度はコロナ影響なのか売上を下げてますが、それでも同程度の売上である2017年度よりも高いです。これが体質改善によるものであれば望ましいので、2017年度と2021年度のPLをチェックしてみます。
2017年度
2021年度
2017年度:粗利率12.6%、営業利益率3.9%、経常利益率2.5%
2021年度:粗利率15.2%、営業利益率5.5%、経常利益率4.4%
こうして見ると、経常利益率の改善はもとをただせば粗利率分によるものであると分かります。粗利を構成するのは売上と売上原価で、売上は同じくらいなので、違うのは売上原価となります。製造原価明細書を見てみます。
2017年度
2021年度
注:当期売上原価と当期製造費用は必ずしも一致しませんが、長期的に見れば一致するので多少の年ズレは無視して良いと思います。
多少経費も減っているようですが、製造費用の7割以上は材料費が占めているため、主要因は材料費の下落によるものと推測されます。
ステンレスの原材料として考えられるのは鉄とニッケルですが、特にニッケルはレアメタルに相当し、価格変動のリスクを抱えています。
その点は事業リスクの所で触れられてます。
一応ニッケルの価格推移をチェックしてみます。
ニッケルは2017年対比では上がってますね。
鉄くずも近年上げてきている筈ですから、原材料費としては上昇傾向にある筈。
にも拘わらず材料費が下がっている要因は3通りほど考えられます。
- 販売数量が減っている
金属製品の単価は上がってますから、販売数量が少なくとも売上は伸びる - 為替が円高のため輸入原材料が安くなってる
2017年に比べれば円高傾向ですからレアメタルなどは安く買えた筈 - 高機能材の粗利率が高く、売上の構成比が増えている
同社は高機能材の売上比率を上げる事を戦略として掲げてます
「高機能」と「高付加価値」は普通に考えればセットなので、その構成比が高くなれば売上に対して原価が安くなる、つまり粗利率が良化するのは自然かと思われます。
以上、3つの理由の内3つ目だけが唯一経営側でどうにかなる施策であり、先の事業のポジショニングの話になります。今後も高機能製品の構成比を増やし、売上を伸ばす事ができるなら、改善に期待できます。
ただ、それをポジティブに捉えたとしても、現状の経常利益率は、為替影響や原材料の価格高騰、イレギュラーな損失でかき消えてもおかしくない水準に変わりありません。より一層のイノベーションと粗利率改善がなければ不安は尽きません。
財務指標
日本冶金工業は中期経営計画を策定しており、その中で以下の指標を掲げてます。
- 高機能材の売上高比率45%
- 営業利益90億円以上
- ROE(連結)10%以上
- ネットD/E1.0未満
- 総還元性向25%程度
指標のバランスとしては一通り網羅されていて、意図の重複も見られません。具体的な金額やパーセンテージについて触れているのも体質として望ましいです。特に高機能材売上高比率などは経営戦略の方向性が分かる良い指標かと思います。
先の利益率水準を見ればやむなし、という感はありますが、投資家からすれば「じゃあ、仕方ないか」とはならない。数多ある投資案件から同社を選ぶなら、よほどディスカウントしなければ割に合わないかと。
一応、株価がいくらくらいで取引されているのかを見てみますか。
【日本冶金工業】[5480]株価/株式 日経会社情報DIGITAL | 日経電子版
PBR0.55倍、PERが4.4倍。
今の市況を考えればこれはかなりの低水準です。
ただ、事業の性質や目標とする指標を鑑みれば、多少の安過ぎ感はあるものの、マーケット評価は無難の域を出ないかと。
キャッシュフロー
投資キャッシュフローが結構凸凹している割に、フリーキャッシュフローは安定の黒字ですから、資金のマネジメントはうまくやっているようです。ただ、2年前に財務活動によるキャッシュフローが+になっているのが珍しいため、内容を確認します。
ああ、なるほど、長期借入と社債の発行でキャッシュを手厚くしてます。タイミング的にこれはコロナ危機に対する備えですね。この辺りは流石は歴史ある企業、危機時のキャッシュ管理は心得ているという事かと。
B/S(貸借対照表)
資産の確認です。
現金及び同等物が139.4億円(8.6%)と現金少な目です。工場を持っているにしても薄い気がします。バランスシートの安全性には少々懸念がありそうです。
売掛金は195.9億円(12.2%)で滞留期間は64日。問題なしです。
在庫が329.4億円(20.4%)、滞留期間は126日。これは少々長いです。
有形固定資産は862.4億円(53.5%)、かなり割合として大きいです。。
川崎製造所が簿価の7割近くを占めてます。
従業員数も768人と圧倒的です。
キャッシュフローを見る限り、かなり安定管理した投資の仕方をしているため、大規模投資の反動による大幅減損のリスクはそれほど高くないと思います。とはいえ、B/S上で工場がこれだけの割合を占める以上、減価償却費や修繕費といった固定費はかなり多いものと思われますから、原価に占める固定比率は高そうです。
固定費が高いと、売上の下落にどこまで耐えられるのかが気になります。
仮に経費のうちの労務費&経費+販管費+支払利息を100%固定費、それ以外を変動費と仮定して、2021年の製造原価で損益分岐点売上を計算してみます。
- 固定費:347.8億円
- 変動費:720.7億円
- 売上:1,124.8億円
限界利益率=404.1億円/1,124.8億円=35.9%
損益分岐点売上=233.6億円/35.9%=968.8億円
ってところですかね。。
これはあくまでざっくり計算で、もし売上が下がれば商品評価損、減損などの突発リスクも出てきますから損益分岐売上高は1,000億円って所でしょうか。つまり、売上が2021年度から10%ほど落ちたら赤字に転落するような状況と考えるのが妥当かと。取り扱う商材も設備投資関連という事で、売上が景気変動に影響されますから、これくらいの変動は十分考えられます。
この損益分岐点を引き下げるためにやれることは以下2つしかありません。
- 固定費を下げる
- 限界利益率を引き上げる
固定費を下げるといっても、重厚長大企業の工場経費を削ったり、販管費を削るのは結構難しい問題です。無理に削ると品質やコンプライアンスの問題に引っかかるリスクが出てきます。
となれば、付加価値の高い製品を売る事で限界利益率を引き上げる施策が現実的であり、それがまさに現在の同社の方針である高機能製品の販売に相当するのかもしれませんが、現在既に売上の4割が高機能製品となっているのに損益分岐点がこの水準という事では、まだ企業の収益性として十分とは言い難いのではないかな、と。
負債、純資産を見てみます。
有利子負債は575.0億円(35.7%)とかなり借りてますね。
設備投資が多いですから資金需要が多いのは当然です。自己資金で間に合わない部分は借り入れる他ないのですが、そうなると当然純資産比率は少なくなります。
純資産は551.3億円(34.2%)。となれば赤字になったり、資産の評価額減が生じた際、純資産は大幅に棄損される可能性は高いです。いずれもここまで見ている限りでは、可能性は十分あり得るように感じます。
PBRが0.55倍という事は時価総額は303億円ほどという計算になりますが、結局マーケットも将来的な損失リスクを織り込んでいるということなのかな、と。
従業員の状況、役員報酬
この規模でしかも工場である点を考えたら、給与水準が低くなりがちな工場作業員さんも含んでこれだけの平均給与というのは悪くないと思います。
勤続年数が20年近いというのも職場環境として悪くない証ではないかと。
一方、役員はどうかと言うと・・・
社内の取締役1人当たりの報酬は平均31百万円ほどです。
会社の規模を考えれば無難な水準でしょうか。
従業員給与との乖離もそれほどでもないと思います。
大株主の状況
特定の大株主などはいないようです。
となれば会社の方針は役員の方の一存となりますので、役員の背景も一応見ておきますか。
4人の取締役のうち上位3人が銀行、経理、経理と財務畑出身ですね。
フリーキャッシュフローが安定してる理由はこのあたりなのかな、と。
株主還元
中計の目標が配当性向25%ですから、それほど高くありません。
ここはやむを得ないと思います。
ビジネスの性質を考慮すれば赤字になるリスクはかなり高いですし、レバレッジをかけている現状を鑑みれば、先ずは負債を減らして純資産を蓄積する方が先決です。
まとめ
ビジネスとしてかなり難しい業界だと思います。資産リストに棚卸資産、固定資産の割合が多いため、資金が必要となり借入に頼っている形です。役員が財務系で占められていた事もあり、キャッシュフロー管理に対してはかなり堅実な印象を受けますが、元々のビジネスの質として赤字に転落するリスクは低くないと思うので、企業としてのトータルリスクはそれなりに高い気がします。
高機能材の推進は、戦略の方向性としては間違ってはいないと思うのですが、今のリスクを補うには成果としてまだ十分ではないのではないかと。一層の発展が望まれる。
本記事は主に有価証券報告書を元にした筆者の私的見解であり、特定の意思決定を推奨するものではありません。また、内容に対して適切と思われる指摘があれば、迅速に加筆修正致します。
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